心因性難聴とは,聴覚路には器質的障害がみられないのに難聴の症状がある,もしくは難聴の訴えがなくても,聴力検査結果の聴力レベルは難聴を示す範囲にあり,この発症の背景に心理的要因が関与するものをいう。発症は小児,特に女児に多く,小学校2~3年生時にピークがある。背景として,友人や教師との人間関係,家族関係,環境不適応などの問題がみられる。難聴等耳症状を訴えて検出されるのは約2割程度で,学校健診で発見されることが多い。一方,15歳以上~成人の例も稀ではなく,発症には葛藤やストレス因子が契機となっており,これらには詐病との鑑別を要する。
まず大切なのは,心因性難聴ではないかという疑いを持つことである。具体的には,難聴指摘の経緯と検査所見に注意し,診察時の挨拶や会話などから推定される聴力レベルと聴力検査結果に矛盾を感じれば,他の検査を追加したり日時を変えて再検し,最終的には客観的検査を進めて診断を確定することになる。ただし,構音などには十分に注意して,器質性難聴を見逃さないよう各検査を適正に評価しなければならない。
小児では難聴の自覚は少なく,それ以外の耳症状として耳鳴,頭鳴,聴覚過敏などがあり,そのほかに腹痛や頭痛,倦怠感などを訴えることもある。一方成人では,難聴の自覚があって日常生活での不自由を訴えるものの,発症経過があいまいで少し時間が経ってから受診する傾向がある。そして他の心因性身体症状の合併や既往を認めることが多い。
小児では両側性が多く,感音難聴が約80%を占め,難聴の程度は様々であるが両側聾は稀で,中等度が比較的多い。また,そのレベルや聴力型が検査のたびに変動するというのも特徴である。一側性は,1~2割程度で両側性に移行することもあり,また聾型を呈することがあって突発性難聴と見紛うため,注意が必要である。成人の検査所見に傾向はないが,中等度~高度難聴を示すことが多い。
診断の方向を定めるには,純音聴力検査の再検を重ねたり,児によっては遊戯聴力検査の手法を用いることも有用である。さらに自記オージオメトリー,語音聴力検査などで多角的に検証し,他覚的聴覚検査で診断を確定する。他覚的検査には,歪成分自音響放射(distortion product otoacoustic emission:DPOAE),耳小骨筋反射,聴性脳幹反応(auditory brainstem evoked response:ABR),聴性定常反応(auditory steady-state response:ASSR)などがあるが,前者2つの検査では軽度,そして中等度難聴では判定が困難な場合があるため,後者2つを組み合わせて評価することが望ましい。
鑑別疾患としては,詐聴と虚偽性障害(Münchhausen症候群)が挙げられる。これらは,作為をもって難聴を示し,詐聴では経済的代償,義務や犯罪追跡の回避など明確な外的誘因があり,虚偽性障害では病者を装って医学的な評価や治療を受けようとする,きわめて内因的な動機がある。鑑別には,これらを念頭に置くこと,そして患者の話や状況から心理社会的背景を洞察することが重要である。
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