「これは異なことを申される。反対なさるなら自らも確たる対案をもって臨むのが合議の掟でございましょう。さもなくば、いたずらに横車を押すばかりで、とても千住の大名主と崇められる伯父殿のなさることとは思えませぬ」
源兵衛は苦虫を潰したように顔をゆがめたが、いい返せずに押し黙った。
「伯父殿は血筋がなにより大事と申されましたな」。養樹はここぞとばかり畳みかけた。「しかし、それで傾いた名家が数あるのを御存知でしょうか。公方様の典薬頭を務める半井家と今大路家でさえ血筋にこだわり凡庸な御人が跡を継いだため落魄してかつての栄華を失いました」
公方様の御典薬、ときいて源兵衛はぎくりとしたように目をしばたたいた。
「職人の世界では腕がよくなければ通用しません。当塾も凡人が跡を継げば門人はだれもついてこず、患家の信用も得られません。医家は身分や経歴ではなく才ある者が上に立つ実力の世界です。蘭方の旗を掲げて順調に航海してきた宇田川丸が今暗礁に乗り上げれば沈没するのは目にみえています。こ
こで新たな船頭役を果たすのは力量、識見ともにぬきんでて故人の信頼も厚かった玄真殿をおいて他にいるでしょうか。われら門人一同もこぞって玄真殿こそ宇田川家跡目を継ぐ最適の人物であると推挙する次第であります」
養樹の熱弁に、その通りだ、と一座から声があがった。養樹は伯父の目に浮かんだ動揺の色を見逃さなかった。ここは本家の後見役たる伯父の面子を潰さずに説得をはからねばなるまい。
「長年、小台村の大百姓と謳われる伯父殿にお尋ねしますが、田畑に作物をつくる秘訣とはなんでしょうか?」
「いうまでもない、よき土壌によき種や苗を植え、丹念に育てることじゃ。面倒を怠れば根腐れして枯れてしまう」
「わが医塾にてもまったく同様、亡き玄随殿が蘭方の土壌を耕し、玄真殿というよき種を育てて今日にいたったのです。せっかくの蘭方という土壌を漢方のそれに替えれば根腐れして元も子も失ってしまいます」。源兵衛は反論するかわりに奥歯をギュッと噛んだ。
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