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土生玄碩(1)[連載小説「群星光芒」140]

No.4721 (2014年10月18日発行) P.70

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-03-23

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  • 烈風が渦を巻く。火の粉が飛び散る。炎が激しく吹き上がり、畳や柱の焼け焦げる臭いが鼻を突く。町火消が叩く火之見櫓の半鐘がジャンジャンジャンと鳴りひびき、火消屋敷からは定火消の太鼓がドンドンドンと耳の底をゆさぶる。大名屋敷の火之見櫓からもカンカンカンと樫板を叩く乾いた音が伝わってくる。女たちの悲鳴、こどもらの泣き声、狂ったような犬の吠え声がけたたましい。

    文政12(1829)年3月21日は早朝から黒雲が低くたれこめ、強風が吹いていた。

    ――こんな日は火事が危ない。

    西の丸奥医師だった土生玄昌は東の揚屋(座敷牢)の小窓から空を覗いて案じていたが、昼すぎ、突然半鐘が鳴りだした。

    ――どこが火元かわからぬが、大火事が起こったのはまちがいない。

    「火事は近い」「早く牢から出してくれ」

    囚人たちが喚いている。牢屋同心や牢内雑役夫がせわしなく走り回る物音がする。

    大火事の際、牢屋奉行の石出帯刀によって囚人の「切放」が行われる。いっとき牢から釈放され、3日後に定めの場所まで戻れば罪一等が減じられる。だが逃亡者は容赦なく首を刎ねられる。

    「東の大牢、太郎兵衛」「東の二間牢、銀作」などと呼び出す大声が聞こえる。

    囚人たちの切放が始まったのだ。牢屋同心は囚人の名前と牢舎を書き留めると一人ずつ飯代を与えて牢屋から解き放つ。

    ――ひさしぶりにわが家に帰れるか。

    玄昌も切放に期待を抱いた。だが近くの家々の焼け焦げる臭いが漂い出したのに牢屋同心が座敷牢まで来る気配がない。

    ――早く出牢せねば焼き殺される。

    やきもきしているうちに、ようやく人影が現れ、牢格子の錠前が外された。

    「両手を差し出せ」

    牢屋同心は冷たく言い放ち、手鎖をかけられて前庭まで引っ立てられた。そこには囚人護送用の唐丸駕籠が2丁置かれ、前方の駕籠の中に義父の土生玄碩が身を縮めている姿が見えた。玄昌も背中を押されて後ろの駕籠に押し込められた。

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