「ひきこもり」は診断名や臨床単位ではなく,1つの「状態condition」を指す言葉である。厚生労働省研究班は,その状態を以下のように定義している。①6カ月以上社会参加していない,②非精神病性の現象である,③外出していても対人関係がない場合はひきこもりと考える。
ひきこもりは一義的には疾患ではないため,治療は広義の支援の一部ということになる。医師が関わることの意義は,①発達障害や統合失調症などの精神障害を鑑別すること,②二次的に生じた精神症状の治療,③精神療法的な関わり,そして④家族相談である。精神療法については,基本的には本人を批判せず訴えを傾聴し,安定的な信頼関係をつくるだけでもかなりの効果が期待できる。積極的に治そう,就労させようという姿勢よりは,治療の成果は脇に置いて,「とりあえず定期的に君の話を聞かせてほしい」と繰り返し伝え続けることが望ましい。
厚生労働省のガイドラインによれば,治療的支援としては,①家族支援,②個人療法,③集団療法,④ソーシャルワークの4段階がある。以下,各段階について簡単に説明を加える。
この段階では,長期間わが子との断絶ないし葛藤に悩んできた家族の相談に応じつつ,「ひきこもり」の基本的知識と対応法について,情報提供していく段階である。ひきこもり事例本人は一般的に治療や支援を拒むことが多いため,初めは相談ニーズの強い家族に限定した対応がほぼ必須となる。具体的には家族間での対話を勧め,しばしば断絶したり対立したりしている本人との関係修復をめざす。重要なことは,本人が「家にいて安心できること」をめざして対話を重ねる姿勢である。家族会への参加もこの段階で勧められる。一般的に治療は長期間に及ぶ可能性が高いため,家族のモチベーション維持のためにも,家族会に参加する意義は大きい。もし可能であれば,この段階での家庭への訪問支援を行うこともきわめて有意義である。
家族関係が修復されると,本人にも「実は苦しい,なんとかしてほしい」といったニーズが生まれてくる。家族の粘り強い誘いによって本人が通院しはじめたら,個人精神療法を開始する。ここでも対話を中心とした支持的精神療法が有効であるが,場合によっては抗うつ薬などの薬物治療を併用することもある。ひきこもり当事者と向き合う場合は,批判的姿勢をとらず,本人の言い分に耳を傾ける姿勢が望ましい。議論や説得,アドバイスなどは不信感のもとになりやすいため避けるべきである。本人の治療意欲はしばしば不安定であるため,当面は通院と対話が続いていくことだけを目標にする。本人の異常性や精神症状に注目するよりも,本人のまともさや健康さのほうに注目しつつ,そうした「強み」を強化するような姿勢で向き合うことが重要である。やみくもに社会参加や就労をめざすのではなく,本人の自発性や主体性を尊重しつつ関わりを継続できれば,それだけでも十分に治療的な関わりになりうる。
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