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歩行障害・運動失調[私の治療]

No.5062 (2021年05月01日発行) P.35

本多英喜 (横須賀市立うわまち病院副院長/救命救急センター救命センター長)

登録日: 2021-04-29

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  • 「歩行障害」をきたす病態は多く,軽症例から意識障害を合併した重症例まで幅広い。病態に応じた系統的な診断アプローチを行うことが原疾患の追求に役立つ。
    「緊急度」を意識した診断アプローチが必要であるので,脳卒中でみられる急性発症の歩行障害は緊急性が高く,早期診断・早期治療を行い,後遺障害の軽減・予防に努める。わが国では,虚血性脳血管障害の超急性期(発症4時間30分以内)では,血栓溶解療法の適応について考慮する(血栓回収療法は発症6時間以内)。
    急性脳卒中でみられる「運動失調」では小脳や脳幹の病変が多い。特に小脳半球では血腫や広範囲梗塞により,急速に脳ヘルニアをきたして致命的な経過となるので,注意が必要である。
    急性症状として悪化する病態では,適切な治療により深刻な状態の回避や機能回復が見込まれる。主に中枢神経系感染症や急性脱髄性神経疾患では早期の診断により,その治療効果が期待できる。診断確定のために必要な緊急検査(腰椎穿刺・各種培養等)を行いつつ,専門医へ引き継ぐ。
    歩行障害や運動失調の患者では,神経疾患以外にも低血糖や電解質異常などの代謝異常や筋弛緩作用を持った薬剤による症状を合併する場合があり,原疾患の治療を優先する。

    ▶病歴聴取のポイント

    歩行障害と運動失調はどちらも歩くことが困難であるが,その病態は似て非なるものである。

    「運動失調」では,明らかな麻痺はないが,錐体外路障害により歩行が困難となる。その歩行障害は障害部位により小脳・前庭機能と脊髄後索系にわけられる。脊髄後索障害では深部感覚障害やRomberg徴候を呈して「踵打歩行」のような体幹のバランスを保てない歩行がみられる(体幹失調がみられる)。

    運動失調は脳血管障害や神経変性疾患以外の原因で生じることもある。アルコール依存症や抗精神病薬により錐体外路障害をきたして失調症状を呈するので,病歴聴取や内服歴も参考にする。
    「歩行障害」で受診する患者の中には,「歩けそうにない」と周りの人(家族や通報者)の判断で受診する場合も少なくない。実際に患者自身の病識が乏しいこともあり,特に高齢者では発症時期や症状の経過について,周囲の情報を集めて客観的に評価することも必要となる。

    発症時期について詳しく情報を集める必要があるが,「血管性を疑う突然発症なのか?」「いつから歩けないのか? その後,症状の改善あるいは悪化があるのか?」など発症時の状況を具体的に聴取することが重要な手がかりとなる。

    高齢者では転倒して受傷した結果,大腿骨頸部骨折,恥骨・坐骨骨折を合併して歩けなくなることも多い。本人が痛みを訴えないこともあるので,必ず身体診察を行い,疼痛部位について評価する。時に転倒したエピソードが不明なこともあり,患者の生活や行動について詳しく聴取することも必要である。

    ▶バイタルサイン・身体診察のポイント(表)

    【バイタル】

    ショックによる血圧低下に伴う意識レベル低下,起立困難,歩行困難といった症状は緊急事態である。「歩けない」と訴える患者で,頻脈,血圧低下がみられた場合は,蘇生処置(気道確保,補助換気,急速輸液)を行い,ショックをきたした原因を検索する(注意:頭蓋外病変,頭蓋内病変のみではショックをきたさない)。
    頭頸部,体幹および四肢外傷では,合併する骨盤損傷,大腿骨頸部骨折,大腿骨骨折など大量出血で致命的な病態への対処が優先される。また,頭頸部に外傷がある場合には頸髄損傷の合併が否定されるまで頸椎カラーによる頸部固定を継続しておく(意識障害を合併する頭頸部外傷の場合も同様である)。

    【身体診察】

    意識障害がある場合は歩行障害を評価できない。
    下肢の運動麻痺の所見だけでなく,上肢を含めた四肢の診察(筋萎縮,関節拘縮の有無なども)を行う。長期臥床による歩行困難は廃用によるもので慢性経過のことが多い。
    運動失調では必ず「立位」と「歩行の様子」について評価する。患者や家族が「まっすぐ歩けない」「ふらつく」,あるいは「立てない」などの訴えで受診するので,必ず,診察室で立たせ,立ち方や歩き方を観察する。
    神経脱落症状(運動麻痺,運動失調)がみられないのに「歩けない」と訴える患者では,貧血による倦怠感,高度徐脈による虚脱感,電解質異常や代謝性疾患といった内科的疾患を見逃さない。
    低血糖症状では四肢脱力,下肢麻痺がみられることがあるので,簡易血糖測定を忘れない。
    アルコール多飲,アルコール依存,薬物依存などでは,一般身体診察に加えて精神状態の評価も必要である(本人や家族が否定する場合もあるので注意する)。

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