化学物質による損傷の程度は,原因となる物質の毒性・濃度・曝露時間,接触方法(接触部位)で決まる。このうち治療によって変えることができるのは「曝露時間」だけである。曝露時間を少なくするため,拭き取りまたは大量の水道水による洗浄で化学物質をできるだけ速やかに除去する。化学損傷の原因物質が特定されるまでは,医療従事者の安全確保に努める。
化学損傷の場合,事件性や多数傷病者が発生している可能性も考え,関係者より以下の情報を聴取する。
①When(いつ):受傷時刻,曝露時間
②Where(どこで):受傷場所(屋内・閉鎖空間か,屋外か)
③Who(誰が):傷病者の人数(多数傷病者の可能性)
④What(何を):化学物質の種類,濃度,性質(人体への毒性,揮発性,浸透性,中和・解毒方法)
⑤Why(なぜ):事故か事件か(テロの可能性)
⑥How(どのように):体表面(眼,粘膜,皮膚)にかかった,吸い込んだ,飲み込んだ,現場除染の有無
化学損傷を疑った場合,原因物質の情報を得るまでは医療従事者への二次被害を考慮して,少なくとも以下の対応をとった上で診療を開始する。
ゴーグル,マスク,ゴム手袋,長袖エプロン・ガウンを装着し,室内の換気を十分に行う。
傷病者を診察室(院内)に入れる前に化学物質が付着した(可能性のある)衣服を脱がせ,化学物質が付着した部位を大量の水道水で洗う。大量の水が入手できない場合は,まず拭き取りを行うが,内部に浸透する化学物質もあるため,化学物質の種類に応じた除染を行う。
皮膚への付着の場合,一般的に,酸では1~2時間,アルカリでは5~10時間の洗浄が必要とされる。アルカリによる化学損傷では,リトマス試験紙を用いて損傷部位のpHが7.0になるまで洗浄を続ける方法もある。
中和剤の使用は,中和剤を入手するまでの時間,中和剤そのものによる損傷,中和熱による損傷を考慮して,化学損傷に対して一般的には行わない(中毒への治療として全身投与する場合はある)。
化学損傷は化学物質による皮膚・粘膜の物理的な損傷に加え,化学物質による中毒を考慮した対応が必要である。可能であれば,除染を行いながら心電図,酸素飽和度モニターを装着し,継時的なバイタルサインをモニタリングする。必要に応じて酸素投与,静脈路確保を行い,呼吸・循環状態を安定化させる。意識・呼吸・循環状態が不安定な場合,悪化が予測される場合は,救命救急センターで集中治療管理を行う。
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