国内の心房細動患者は約100万人とされており、潜在的患者も同数程度存在するといわれる。心房細動は脳梗塞のリスクであり、発見しにくい“隠れ心房細動”の検出は大きな課題となっている。非専門医であっても的確な不整脈診断を可能にするツールとして注目される「AI心電図解析ソフト」を開発した国際医療福祉大教授の田村雄一氏(カルディオインテリジェンスCEO)に話を聞いた。
医療ICTを活用した医療サービスの有用性を強く実感したのは、2011年の東日本大震災がきっかけでした。被災地のライフラインが寸断される壊滅的な状況の中、Twitter上で医療機関の情報を拡散したり、在宅酸素や医薬品がどこで入手できるかといった情報を提供したりすることがとても有効でした。そこでまず私の専門である肺高血圧症の患者さんに対し、2016年から遠隔診療の枠組みで診療を開始することにしたのです。診察に必要な心電図や酸素飽和度のデータが患者さんからスマートフォンに届くような仕組みを構築しましたが、実臨床で運用していくうちに、これを患者数の多い疾患で運用するには、自動診断やAIを活用した医療機器が必要だと感じました。
そうした経緯があって起業することを決意し、高校の同級生のAI専門家との共同研究で、2000人の心電図波形を基に心房細動を自動解析し医師の診断を強力にサポートするアルゴリズムの開発に取り組むことになったのです。
ホルター心電図などの心電図データをクラウドサーバーに送信すると、上室性期外収縮や心室性期外収縮、RR間隔などを解析し、不整脈が発生していると考えられる時間帯を示すソフトウエアで、2020年11月に医療機器認証を取得しました。
実地医家の先生に広く使ってもらうには、診断にいたる根拠をしっかり説明することが大切です。今後は解析結果だけではなく、AIがどの部分の波形を不整脈と判定したのか、医師が確認できる機能を実装していきます。内科医の先生は循環器が専門でなくても「ここですよ」と指摘すると「そうですね」と理解する能力は基本的に持っているので、見るべきポイントをプレゼンテーションする機能が重要だと考えています。スピード感を持って社会実装していくために、コモンな心房細動の診断に特化して開発を進めました。
心電図は100年以上の歴史があります。電気的な波形で構成されていて、取得できるデータ量も多いので本来は機械学習に向いている領域にもかかわらず、21世紀に入っても自動判読の技術はあまり進化していません。中でも長時間測定した心電図波形から不整脈を読み取る判読技術は、機械学習の苦手とする分野といえます。ST上昇やRR間隔などそれぞれの波形異常をフローチャート式にアルゴリズム化することは比較的簡単ですが、数十時間にも及ぶ心電図の中から健常者にも起こりうる波形の乱れと心房細動による乱れを区別するアルゴリズムを開発するのはとても難しい技術です。
また現在開発中の“隠れ心房細動”の検出AIは新しいディープラーニングにより長時間の心電図から専門医でも見逃してしまいがちな微細な兆候を発見することができます。SmartRobinは不整脈の検査を広く普及させることを重視しているので、ISO認証の汎用波形形式を用いることで特定の心電計に依存せず汎用的に使用できるソフトとして開発しました。
SmartRobinについては現在、埼玉県のクリニックで半年間にわたる実証試験を実施しています。実際の医療現場で運用したときに、医師や看護師の業務フローがどう変化するか、これまで使用していたSDカードと比較した場合の所要時間や作業的な負担などをフィードバックしてもらいながら改良を進め、今年11月をメドに拡販を開始する予定です。
まだ数十例のデータになりますが、心電図検査をした患者さんのうち約30%に心房細動が見つかっています。症状を訴えて外来に来た患者さんでも、心電図をとってみると異常が見つからず、発作性心房細動が見逃されているケースが少なくありません。24時間なり1週間なりフォローをすることが大切になります。今後、クリニックの中で隠れ心房細動の診断まで完結できれば、さらに多くの患者さんに早い段階で治療を行うことが可能になります。実証試験の途中ではありますが、現段階で結果に手ごたえを感じています。
隠れ心房細動を発見する大きなメリットは、脳梗塞の予防効果にあります。私どもは24時間のホルター型心電図検査の結果から、検査後1週間以内に心房細動が起きる可能性のある兆候を検出するAIを開発中で、治験を行った後に2年後の承認申請を目指しています。
「潜在患者が多い」「診断が難しい」一方で「治療法がある」という心房細動のような疾患に、非専門医の実地医家の先生が自信を持って取り組んでもらうことができるよう、さらなる機能と使い勝手の向上を図っていきたいと考えています。