「身体表現性障害」とは,検査などで裏づけできない身体症状を訴える心因性疾患群の総称で,精神科・心療内科以外の一般診療科を最初に訪れることが多く,軽症例まで含めると頻度はかなり高い。症状形成は無意識的であり,意図的に症状の演技をする「詐病」とは異なる。
なお本疾患群は,新版の「精神疾患の診断・統計マニュアル」(DSM-5,2013年)では「身体症状症」に,国際疾病分類(ICD-11,2018年)では「身体的苦痛症」に名称が変わり,亜型の位置づけが一部見直されている。
1つまたは複数の身体症状について必要以上に大げさにとらえ,心配がいつも頭から離れず,しばしば生活の自由さえ奪われる。重大な病気にかかっていると信じ込む「心気症」,多数の説明できない身体症状を訴え経過が長年に及ぶ「身体化障害」,痛みを主徴とする「疼痛性障害」,随意運動や知覚,記憶の障害など神経症状を主徴とする「転換性障害」などの亜型がある。
何か身体の病気がみつかると信じていた患者は,症状があるのに異常がないと医師に言われて困惑・混乱しがちである。前医で取り合ってもらえなかったと感じていたり,精神科・心療内科を紹介されたことに納得していない場合がある。奇妙な病気にかかった自分自身を責めたり,医療への不満を口にする者もいる。患者との信頼関係を確立することが治療の第一歩となる。
その上で,症状による苦痛の軽減のため,対症的な薬物療法を行う。ベンゾジアゼピン系は不安・緊張に対して即効性があるが,効果が切れれば症状が再燃する。デパス®(エチゾラム)など半減期が短い薬剤は特にその傾向が強く,長期投与で常用量依存の状態をまねき,減量・離脱を困難にする。ベンゾジアゼピン系を用いる場合は,リボトリール®(クロナゼパム),メイラックス®(ロフラゼプ酸)など,半減期の長い薬剤を選択する。症状が主に日中にみられるときは朝食後に投与するが,眠気の副作用に留意する。不眠を伴っていれば,夕食後ないし就寝前の投与がよい。夕食後1回の投与でも半減期が長い薬剤であれば,日中の不安軽減も期待できる。
痛みに対しては抗うつ薬,抗痙攣薬などのいわゆる「鎮痛補助薬」を主体とし,鎮痛解熱薬は湿布は用いるが,内服は最小限とする。オピオイドは使用しない。心配事が頭から離れないというのは,それが脳内の作業記憶を占拠している状態である。神経伝達物質セロトニンは,作業記憶への情報流入を抑制しており,セロトニン賦活性の抗うつ薬には心配やこだわりを軽減する作用がある。症状が「頭に浮かばなく」なり,「気にしなくなる」わけである。うつ症状がなくても試す価値がある。
また漢方医学では検査による症状の裏づけの必要がなく,もともと身体表現性障害という概念自体が存在しない。半夏厚朴湯をはじめ,心身症・神経症に適応した製剤も多く,試す価値がある。ベンゾジアゼピン系のような長期依存の心配もない。
しかし,実際には薬物療法を行っても症状が消失しない事例も多い。定期診察の中では,症状以外の日常生活に徐々に話題を広げながら,症状と付き合いながらも日常生活上で起こる問題に患者が対処し,乗り越えていくさまを評価し,「自分なりにやれた」という感覚(自己効力感)を高められるように継続的に支援する。この過程で,日常生活上のストレスと自分の症状とが関連していることに気づく患者もいる。
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