一般に「ベル麻痺」と呼ばれる顔面神経麻痺はあくまで特発性(原因不明)であって,単純疱疹ウイルス原因説が根強いものの,確証までには至っていない。水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)が原因となるラムゼイ・ハント症候群や中耳炎性の麻痺,さらには頭蓋内や耳下腺の腫瘍による麻痺との鑑別が必要である。
上記疾患との鑑別診断および重症度(予後)診断が重要となる。まず,ラムゼイ・ハント症候群や頭蓋内腫瘍鑑別のためには,麻痺経過の詳細,難聴やめまいの有無,悪性疾患既往といった問診が重要となる。身体所見としては,耳内所見(中耳炎や腫瘍,耳帯状疱疹の有無),口腔内所見(粘膜疹の有無)の確認ならびに頸部の触診(必要なら唾液腺超音波検査)が欠かせない。検査としては,ウイルス抗体価検査(特に抗VZV抗体価)や純音聴力検査,眼振所見の確認が望ましい。ただし,このうちウイルス抗体価によってウイルスの関与を証明するためには,初診時と2週間以上間隔を空けて2回測定することが推奨されており,治療開始時に無疱疹性帯状疱疹(zoster sine herpete:ZSH)例を見わけることはほぼ不可能である。
ZSHは初診時における除外が困難であるものの,上記鑑別にある程度のめどがついたら,次に重症度(予後)診断が必要となる。このために必須となるのは,顔面神経麻痺スコア(柳原40点法)採点と誘発筋電図(electroneuronography:ENoG)検査である。
初診時,麻痺スコアが12点以上の不全麻痺(中等症・軽症)例では,進行しなければ予後良好ととらえられるため,次項(【治療の実際】)に示す一手目で対応する。初診時に既に麻痺スコアが10点以下の完全麻痺(重症)例,もしくは初診時は不全麻痺であっても,発症から7日以内に完全麻痺へと進行した場合には,二手目を繰り出すことになる。そして,これら完全麻痺例では電気生理学的予後診断検査が推奨され,現在においてはENoG検査がその主流となっている。茎乳突孔付近で顔面神経を電気刺激し,得られる複合筋活動電位(compound muscle action potential:CMAP)の振幅を健側と比較した値をENoG値として,これが10%以下(5%未満との意見もある)であれば予後不良と判断する。このENoG検査で予後不良と診断された場合は,保存的薬物治療には限界があり,外科的治療(顔面神経減荷術)が勧められる。
なお,薬物治療として,古典的には副腎皮質ステロイドが単独で使用されてきたが,ベル麻痺のおよそ1/4の症例はZSHであることがわかっており,現在においては副腎皮質ステロイドに加えて抗ヘルペスウイルス薬を使用するのが通常である。
残り1,589文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する