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【識者の眼】「『ザイタク医療』⑪〜母の在宅死〜」田中章太郎

No.5096 (2021年12月25日発行) P.67

田中章太郎 (たなかホームケアクリニック院長)

登録日: 2021-12-07

最終更新日: 2021-12-07

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『ザイタク医療』を広く知ってもらうため、コロナ禍に始めたインスタライブ(本連載⑩No.5091に詳細)の準備中、歯科医の父から電話が鳴った。「あ〜え〜と、章太郎、母さん息してないんやけど…」。愕然とした。仕事が忙しく、しばらく実家に行く時間がなかった。久しぶりに聞いた父の言葉から、想像していたことが起きてしまったと察した。急いでインスタライブを切り上げ、実家へ向かう。そこには、死後硬直が始まっていた母の身体がベッドサイドにあった。座布団を2枚並べた上に、長座位でおり、周りには尿汚染のあるタオルや飲みかけのお茶・ヨーグルト、充電の切れた携帯電話…唯一保たれていた尊厳は自宅に居たということのみかもと、頭がクラクラした。携帯電話の充電方法すら知らない父の介護では、それでも尊厳が保たれているほうだと、心の中で自分自身に言い聞かせていた。

3年前、歩行障害(突進歩行・小刻み歩行)が出現し、父の歯科診療所スタッフルーム出入り口で転倒。右大腿骨頸部骨折受傷。骨頭置換術を受けて、3カ月間回復期リハビリ病院に入院、その後、在宅復帰した。退院直後は、日常生活動作(ADL)は近位監視レベルだったため、タナカは診療所の仕事を制限し、母の実家内訓練を週3回程度行い、骨折から1年で、ADL概ね自立へと機能回復を図った。その間、神経内科専門医にパーキンソン病の診断をしていただいた。神経内科専門医に定期的な内服処方等含めかかりつけ医をおまかせし、また、ADLも自立となった段階で、母の介護生活も一旦終了とした。

それから2年。家族内でのパーキンソン病の理解は深まることはなかったが、母は自分の人生を楽しみ、ピアノの習い事を始めたりしていたようだ。逆に、そのような状況により、パーキンソン病の病状の変化・急変時の対応・人生会議・介護保険サービス導入等々、重要な相談・決定ができないまま、10月中旬以降の状態悪化の日を迎えることになる。おそらく、あれよあれよという間に、最期の日を迎えたのだろう。

ただ一つ救いとしては、母自身、介護保険そのものの利用を拒み、在宅での最期を希望していたということだ。まったくその通りとなったのだが、この母の在宅死は、ザイタクと言えるのか、これからも人生をかけてザイタク医療に取り組むタナカへの宿題となった。彼女の尊厳は守られたのか、否か。今はもう答えは出せないが、この命題を大切に考え続けたい。

田中章太郎(たなかホームケアクリニック院長)[在宅医療]

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