No.5099 (2022年01月15日発行) P.58
岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)
登録日: 2021-12-27
最終更新日: 2021-12-27
昔から日本は水際作戦が大好きだ。海外に行かれる方はすぐ気づくと思うが、入国時にアレヤコレヤの感染症のチラシが壁に貼ってあるのは日本の空港くらいなものだ。もっとも、コロナ以降、僕も海外に行っていないので、今はどうか知らんけど。
厳密に言えば「水際作戦」には3種類ある。一番きついのはborder closure、国境封鎖である。とても強力だが、鎖国状態になるため不便なことはこの上ない。二番目はquarantine、これは中世のベネチアの言葉で「40日」を意味し、黒死病と呼ばれたペストを避けるために40日間の検疫期間が課せられた。
三番目はborder screeningで、日本の「水際作戦」は基本、これである。が、あまり有効ではない。これまでも日本の「水際」はほとんど実質的な効果をもたらしてこなかった。ま、こんなことを言えば官僚や政治家は「一定の効果はあった」と言うに決まっているのだが、彼らは毛が3本しか生えない育毛剤にも「一定の効果」を見出すのである。
しかし、オミクロン株に対する「水際」はかなり強かった。もしかしたら、本当の意味で「一定の」効果があるのかもしれない。もっとも、既に前線は突破されており、市中感染は始まっている。
台湾やニュージーランドなど、コロナの流行が抑えられている国でも「水際」は何度か突破されている。が、彼らがすごかったのはその後だ。徹底的な隔離、検査、抑え込み対策で感染の国内での広がりを抑え込んでいる。残念ながら日本には「水際」のあとのプランBがない、あるいは「ほとんどない」ため、アルファもデルタもあっという間に国中に広がってしまった。オミクロンもそうならないことを祈っているが、果たして今回はどうか。
毛が3本程度の時間稼ぎでは何もできないが、仮に「ほんとうの意味での」時間稼ぎができたとしよう。問題は、稼いだ時間で何をやるか、である。不安を覚える人に無償で検査を提供しても、それは住民の安心とか政権への支持にしかつながらない。オミクロン予防に効果的なのは3回目のワクチンなことはほぼほぼ分かっているのだから、注力すべきはここである。検査などに人的エネルギーを使う暇があったら、全力を挙げてワクチン普及に力を注いだほうがより効果的だ。
稼いだ時間で本質的な対策を取るか、形式的な人気取りを選ぶか。岸田政権のリテラシーが問われている。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[新型コロナウイルス感染症]