新型コロナワクチンの3回目接種が進み、病原性が比較的低いオミクロン株が流行株の多くを占めるようになったことから、「マスク着用のルールを緩和すべきではないか」という論調が4月から5月にかけて各界で強まってきた。医療界からも賛否両論が出る中、感染症や公衆衛生の専門家有志17名が5月19日、厚労省の会議にマスク着用の考え方を提出。これを受け後藤茂之厚生労働相は、小児のマスク着用を一部緩和する考えを表明した。マスク着用を巡るこれまでの議論と政府の対応を整理する。
欧米でマスク着用義務の撤廃・緩和が進み、国内でもマスク着用ルールを緩和すべきではないかという論調が強まり始めた4月下旬、日本医師会の中川俊男会長は記者会見で、「マスクを外すのは新型コロナ感染症が収束した時。ウィズコロナの状態でマスクを外す時期が日本において来るとは思っていない」と社会のムードに警鐘を鳴らした(4月20日)。
一方、東京都医師会の尾﨑治夫会長は連休明けの5月10日の記者会見で、「屋外の換気のいい場所はそれほど感染のリスクはないと思っている。屋外では着用の見直しをしていってもいいのではないか」と問題提起し、マスク着用見直しの議論を促した。
政府内では松野博一官房長官が5月12日の記者会見で、「人との距離が十分取れれば、屋外でのマスク着用は必ずしも必要ではない」との見解を示しつつ、保育・教育の場での子どものマスク着用ルールなどについては「感染状況やウイルスの特徴も踏まえ、専門家の意見も伺いながら検討していく」との考えを示した。
専門家の科学的な判断が求められる中、感染症、公衆衛生、小児科などの専門家有志17名は5月19日、厚労省の新型コロナ感染症対策アドバイザリーボードに、「屋外でのマスク着用」と「小児のマスク着用」の考え方を整理した資料(日常生活における屋外と、小児のマスク着用について)を提出した。
資料では、屋外でのマスク着用について①周囲の人と距離が十分に確保できる場合はマスク着用は必要ではない、②周囲との距離が十分に確保できない場面でも、会話が少ない場合はマスク着用は必ずしも必要ない─という従来からの考え方を確認。
小児のマスク着用については、オミクロン株感染拡大を受け2歳以上の未就学児についても「可能な範囲で、一時的に、マスク着用を奨める」とした政府方針(基本的対処方針)を見直し、「マスク着用を一律には求めない」というオミクロン株対策以前の考え方に戻すことを考慮すべきと提言した。
専門家有志はその理由として、マスク着用により「熱中症のリスク」だけでなく「表情が見えにくくなることによる(発達などへの)影響」が懸念されることを挙げ、保育所などの施設内で感染者が出ている場合でも「一時的にマスク着用をすることは考えられるが、長期化しないよう留意する必要がある」と指摘した。
さらに、小学校などの教育の現場に対しても、「熱中症リスクが高い場合には、登下校時にマスクを外すよう指導」「屋外の運動場やプールでの体育の授業や休憩時間における運動遊び(鬼ごっこなど)においてもマスクの着用は不要とする」などの対応を求めた。
後藤厚労相はこれらの専門家有志の提言を受け、翌20日の記者会見で「マスク着用の考え方および就学前時の取り扱い」(表)を発表。
マスク着用の考え方について①屋外では身体的距離(2m以上を目安)が確保できれば着用の必要はない(例:ランニングなど離れて行う運動、鬼ごっこなど密にならない外遊び)、②屋内でも身体的距離が確保でき、会話をほとんど行わない場合は着用の必要はない、③身体的距離が確保できない場合でも屋外で会話をほとんど行わない場合は着用の必要はない(例:徒歩での通勤など、屋外で人とすれ違うような場合)─と整理した。2歳以上の未就学児のマスク着用についても専門家有志の意見を採用し、「オミクロン株対策以前の新型コロナ対策の取り扱い(マスク着用を一律には求めない)に戻す」とした。
政府は、専門家有志が求めた学校でのマスク着用見直しも決め、5月23日に改定した基本的対処方針に①十分な身体的距離が確保できる場合や体育の授業ではマスクの着用は必要ない、②気温・湿度や暑さ指数が高い夏場は熱中症対策を優先し、マスクを外す─との文言を盛り込んだ。
専門家有志を代表してアドバイザリーボードに資料を提出した国際医療福祉大の和田耕治教授(公衆衛生学)は本誌の取材に対し「屋外でのマスク着用については、報道などで混乱があるようなので整理が必要であろうということで準備が始まった。未就学児のマスクについては、小児科の先生方からも提案があり、共同で文書を作成することになった」と提出に至った経緯を説明。
今回の提言により「それぞれが少しでもできることが増えるようになり、子どもたちも少しでも日常を取り戻していただければと思う」としている。
新型コロナ対策をめぐっては、マスク着用以外にも過剰な対策や不要な対策が実践されているとの指摘があり、政府が「出口戦略」を進めていく中で今後も専門家の判断が求められる局面がありそうだ。
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