3年前の2月11日、私は横浜港の大黒埠頭にいた。そこには巨大な旅客船が横付けされ、周囲には救急車や警備車両とおぼしき車が並んでいた。
その船、ダイヤモンド・プリンセス号は、横浜港を出航してアジア各所を巡り、再び横浜港へと戻る途上、香港で下船した客が新型コロナウイルスに感染していたことが判明して船内流行が懸念され、いったん交付された仮検疫証明を取り消し乗船客全員の再検疫を横浜港で行うこととなったのである。横浜検疫所の職員は定められた手順に従い同船に臨場し、状況確認後に必要な行政検査すなわち核酸増幅法(いわゆるPCR)によるコロナウイルスの検出検査を実施する手筈であった1)。
国際航路の船舶は、危険な感染症を国内に持ち込み、結果的に蔓延させてしまう事態を未然に防ぐため、乗船客等が上陸する前に船内に感染性疾病が存在しないことの確認を受け、検疫が行われて上陸が許可される。そののちに入国審査や税関の手続きを経て、乗船客は初めて国内での任意の行動が許される。つまり、この船は単に横浜に帰港するというより、乗船客が国際的に問題となる感染症に罹患していたことから、検疫可能な国際港以外への回航はできず、結果的に横浜が再検疫の場となったのである。
検疫法には、「国内に常在しない感染症の病原体が船舶又は航空機を介して国内に侵入することを防止するとともに、船舶又は航空機に関してその他の感染症の予防に必要な措置を講ずることを目的とする」とある。つまり、検疫業務は特定病原体の検出と感染症患者の適切な隔離や隔離解除などの判断を行うことが主な任務である。数名程度の患者であれば適切な隔離施設まで患者を搬送し、接触者に対する行政検査を行って影響範囲を確定したのち、安全な形で残りの乗客を入国させる手順である。
しかし、この船に乗り込んだ検疫官が目の当たりにしたのは、次々と発症する乗船客とPCR検査の陽性結果であった。その数は日ごとに増え、ついには乗務員や検疫官までもが陽性結果となる状況に至ったのである。
ここで私が述べたいのは、検疫や感染制御のための検査は治療を目的とする診断検査とは異なる手続きであるということである。この時の行政検査に関する誤った認識はパンデミックの経過とともに一人歩きする「PCR症候群」につながり、感染防止と流行後の制御、患者隔離と治療担当者の防護といった本来異なる概念が混然となり、次々に社会の混乱を生むことになるのである。(続く)
(注)筆者は当時、一般社団法人日本環境感染学会災害時感染制御検討委員会委員長を務めていた。
【文献】
1)山岸拓也, 他:IASR. 2020;41:106-8.
https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2523-related-articles/related-articles-485/9755-485r02.html
櫻井 滋(東八幡平病院危機管理担当顧問)[新型コロナウイルス感染症][ダイヤモンド・プリンセス号]