以前、某新薬を売り込みに来たメーカーが、ぼくの使っている薬は間接ビリルビンが上がるので某新薬に切り替えてはと提案してきた。
「でも間接ビリルビンが上がるだけで患者さんは元気だから」
「先生、でも間接ビリルビン高値の長期の安全性は確立していませんよ」
「それをいうなら御社の新薬の長期安全性はもっと確立していないんじゃないんですか」
「……」
こういう事を言うから業界で嫌われるのだが、要するに論理には一貫性が必要なのだ。AにはアプライするけどBにはしない、とアドホックにロジックを適用する人は論理的なのではなく、いわゆる東大論法がお好きなだけなのだ。
本稿執筆時点で新型コロナの感染者数が増加し、多くの学校が学級閉鎖、学校閉鎖を余儀なくされている。こういうときにはガードを上げ、「皆マスクを着用しましょう」というのが合理的だが、なぜかマスクは励行されない。「5類」という言葉を聞いた途端に理性を失い、正気を失い、シンコピーを起こしてしまうのか。ワンツー、ジャンゴならぬ、ワンツー、ゴルイという呪文があるのかもしれぬ。
ユニバーサル・マスキングが新型コロナの流行抑制に効果的であることは、数々の傍証や理路、アブダクションから導き出される結論であるが、「堅牢なエビデンス(例えばRCT)が効果を示していない」とかいう理由でマスクの効果を否定する輩は多い。
そのくせ、「マスクで言語発達が遅れる」とか「コミュニケーションスキルが落ちる」とか「呼吸不全が起きる」などと反対される。それこそ堅牢なエビデンスも、堅牢でないエビデンスもない。サケットは「最良のエビデンスを使うべし」と言ったのであって、「RCTじゃなきゃダメだ」とは言っていない。感染拡大期にどう判断すべきかは明らかだ。
それでも、多くの自治体では学校に「マスクを外すように指導せよ」などと一方向に誘導しようとしている1)。新薬をメーカーが売りつけたいのと同様、そこには強い「意図」が感じられる。
沖縄県のようにコロナで医療崩壊だ─とか言われている自治体ですら、マスクの着用が推奨されるのは病院や高齢者施設を訪問するときだけである。そこまでマスク、忌み嫌われねばならないか。
もちろん、マスクはもううんざりだ、という個々人が存在することは否定しない。個人レベルでマスクをしない人の意志も尊重する。が、政治家や官僚がワンツー、ゴルイ状態では困る。目を覚ましてほしい。
【文献】
1)千葉日報:「学校でのマスク着用『教職員が率先して外し指導を』千葉県教委、県立校や市町村教委に通知」. (2023年6月26日).
https://www.chibanippo.co.jp/news/national/1061830
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[5類感染症への見直し][エビデンス]