「目の前の患者さんに対して,自分は何ができるのか」─これに注力することが臨床医の本懐であり,診療能力を高める最も効果的な方法でもある。とある地方中規模病院の内科医の背中に見た,珠玉のメッセージである。
日々の診療の中で,どれだけ悩み,調べ,(背中に冷や汗をかきながら)判断を下してきたか。その積み重ねによって,患者さんからも同業者からも信頼される臨床医となるのだろう。
本書の執筆を担当された先生方はみな高名な方ばかりであるが,このような経験を,人一倍,丁寧に積み重ねてこられた方々であることは間違いない。
さて,本書は『外来での訴訟高リスク疾患20』ということで,少し目を引く題名である。
「訴訟リスクへの対応」を謳うこの手の医学書は,読み手が持つ「訴訟に巻き込まれたら困る」という不安に焦点を当て,これを解消する実際的なHow toを提供することが求められる。もちろん,本書もそのニーズを十二分に果たしている。
しかし,本書の価値は,それにとどまらない。
誌面上で症例を追体験し,診療能力を涵養する。これが効果的な生涯教育の方法であることは論を俟たないが,本書の特徴は,その症例がすべて「訴訟事例」であるということにある。
つまり,そこには悪しき結果が生じた事実があり,患者さんの無念がある。否応なくその現実を突きつけられることになるが,しかし,だからこそ読み手はリアルな臨床現場に引っ張り出される。一気に「自分事」になる。本書を読み進めると,いつの間にか背中に冷や汗をかきながら頁を進めていることに気づくが,これが本書の最大の特長である。
良質で膝を打つクリニカルパールがふんだんに記載されていることは,著者の顔ぶれからも想像に難くない。そして,医療過誤紛争を扱う弁護士から見ても,リスクの高い重要疾患は漏れなく網羅されており,この点でも内容は万全である。
ひとつの症例から少しでも多くを学び,次の患者さんの診療に活かそうとする「医師としての姿勢」と,日常診療から診断エラーがなくなることを心から願う「心意気」が充満する本書は,患者さんに的確な診療を提供したいと考えるすべての医療関係者に,きっと,深く突き刺さるはずである。