新型コロナウイルス感染症の経験を経て、医療機関の院内空間づくりは変化した。コロナ禍以降に開業したクリニックは、快適性と利便性、感染対策を重視した内装やレイアウト、動線に特徴がある。連載第45回は、患者が安心して定期的に乳がん検診や子宮がん検診を受診できる居心地のよい院内空間を目指した乳腺・婦人科クリニックの事例を紹介する。
千葉県市川市にある「さとこ乳腺・婦人科クリニック」は、順天堂大附属順天堂医院やがん研究会有明病院などで研鑽を積み、日本乳癌学会乳腺専門医、日本外科学会外科専門医を取得した島田聡子さんが院長を務める。高度医療に携わる中、島田さんの母が大病を患い、看病・介護に関わった経験から身近なかかりつけ医の存在の大切さを痛感したことがきっかけとなり、2022年4月に同院を開業した。
同院は、定期的な受診が大切な「乳がん検診、子宮がん検診を安心して受けてもらえるクリニック」をコンセプトに掲げる。医師をはじめスタッフ全員が女性で、痛い・怖い・恥ずかしいという乳がん・子宮がん検診の負担をできる限り軽減することを目指している。
乳腺科と婦人科を併設しているため、女性特有の疾患や症状を総合的に相談できる。例えば、乳がんホルモン療法中の患者の婦人科検診とホルモン補充療法中の患者の乳がん検診を同一施設で行うことが可能だ。
開業に当たり島田さんが心がけたのは、女性にとって居心地のよい院内空間づくり。カラートーンは白系や暖色のピンクやベージュでまとめ、柔らかなダウンライトを用いた院内は、地下鉄駅前という立地であるにもかかわらず落ち着いた空気が流れる。
機能面では、車いすや杖を使う患者、ベビーカーを押す患者も移動しやすいように段差のないバリアフリー仕様とし、待合には物を置かず、ゆったりとしたスペースを確保している。
感染対策としては、プライバシーへの配慮も兼ねて患者が1カ所に集まって待つことのないよう、壁に沿って椅子を配置。乳腺外来は奥に診察室、更衣室、マンモグラフィ検査室をまとめ、婦人科外来は受付近くに診察室を設けることで、乳腺外来の患者が検査着で院内を移動する距離を少なくした。
同院の設計・施工を手掛けたのは医療施設を専門とし、年間50件以上の実績がある設計事務所のラカリテ(http://www.laqualite.jp)。医師のニーズをしっかりと汲み取り、「口コミで人に伝えたくなる医療機関」を実現する設計に定評がある。島田さんが同社に依頼した理由も自身のイメージを実現した提案力にあったという。
「開院前に見学させていただいたり、内覧会に伺ったりして素敵だなと思ったクリニックを手掛けていたのがラカリテさんでした。毎日自分自身が仕事をする場所になるので、居心地のよい空間にしたいと思っていました。『上品すぎず、カジュアルすぎないけれど、モダンエレガント』というイメージをお伝えし、作っていただいたパースが一番イメージに近かったので、ラカリテさんにお願いしました」
ラカリテの設計担当者は、同院の設計におけるポイントについてこう語る。
「先生のイメージを基に、華美になりすぎないよう落ち着いた色味のピンクベージュをコンセプトカラーとしました。2つの診察室・内診室・X線室を1列に並べたいというご要望を、診察室内に内診台を設置、省スペース化することで実現しました。受付カウンターやコーナーの壁は丸みを出して柔らかい印象にし、先生がコンセプトに掲げる居心地のよいクリニックづくりを目指しました」
開院から約1年半が経過し、婦人科には多くの10~30代の若い患者、乳腺外科には遠方からの患者も訪れるなど、これまで6600人を超える初診患者が来院している。島田さんは今後の抱負についてこう語る。
「乳がんの早期発見・治療には、定期的な検査しか方法がありません。乳がんは、女性が最もかかりやすいがんであり、職場や家庭で大切な役割を果たす40代以上の女性に多く、ご本人にもご家族にも大変な負担となります。中間期乳癌という検診と検診の間に診断される乳がんもあり、自己触診の重要性など啓蒙活動を行っていきたいです。子宮頸がんについては、ワクチンでの予防が可能です。10代の女性に安心してワクチン接種を受けていただけるようにし、20代以降は検診を受けやすくすることで早期発見を目指し、これからの人生設計に影響を及ぼすことのないようサポートしていきたいと思います」