進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)は,免疫不全等を契機としてJCポリオーマウイルス(JCV)が脳白質に脱髄を引き起こす中枢神経系感染症である。発症頻度は人口100万人当たり1人以下の稀な疾患で,HIV感染者では1000人に1~3人程度,ナタリズマブ治療中の多発性硬化症患者では1000人に3~4人とやや高頻度である。
HIV感染症(AIDS)や血液疾患,悪性腫瘍,膠原病,自己免疫疾患,臓器移植,多発性硬化症などの基礎疾患の治療中で免疫低下があることに加えて,①亜急性に進行する脳神経症状,②特徴的な脳MRI画像所見(拡散強調画像で病巣周囲の高信号,T2強調画像およびFLAIR画像で高信号,T1強調画像で低信号など),③脳脊髄液のJCVPCR検査にてJCV DNAが検出されること(保険適用なし),④類似の中枢神経疾患を除外診断できること,の4つが臨床的診断に重要である。また,⑤脳組織にてPML特有の所見(髄鞘の脱落,奇異性アストロサイト,腫大核を有したオリゴデンドロサイト,ウイルス蛋白およびDNA陽性など)の検出が病理学的診断に重要である1)。
まず基礎疾患(原疾患)が①HIV感染症(HIV-PML)か否か(non HIV-PML),さらにnon HIV-PMLの場合は②原疾患(基礎疾患)に対して未治療でPMLを発症したかどうか,さらに③原疾患に対して治療開始後にPMLを発症かどうかと,④その治療薬剤が血漿交換にて除去可能かどうか,に分類する。
基礎疾患がHIV感染症の場合(HIV-PML)は早期の抗レトロウイルス療法(ART)が有効で,1年生存率50%程度と有意に生命予後が改善される。このARTの推奨治療は毎年検討・改訂が行われている2)。なお,2015年に発表された大規模比較試験の結果に基づき,治療開始基準は原則としてCD4数にかかわらずすべてのHIV感染者に治療開始を推奨することとなり,同時に医療費減免のための社会資源(身体障害者手帳や自立支援医療制度)の活用方法についても説明する必要がある。具体的な治療薬の選択に際しては,抗ウイルス効果,副作用,内服しやすさを考慮して患者に最も適したものを選び,服薬率100%をめざす。感染症科専門医・AIDS診療専門医に相談の上,決定する。
HIV感染症以外の原疾患(基礎疾患)に対して未治療の状況でPMLを発症した場合は,原疾患(基礎疾患)による免疫低下があると考えられる。既に免疫不全状態である場合も多く,免疫学的回復が難しいため,その後のPML治療も難渋する場合が多い。一方で,原疾患(基礎疾患)の治療コントロールも重要であり,生命予後と関連する場合が多いため,PML治療効果の確認と並行して原疾患の進行病状評価も重要である。
現在のところ確立した治療薬はないが,メフロキン塩酸塩(抗マラリア薬)やミルタザピン(5-HT2Aセロトニン受容体拮抗薬)は有効性を示す症例が報告されている。現時点ではいずれも適応外使用となるため,原則としてprobable PML以上の症例に対して,倫理委員会申請承認後に下記メフロキン・ミルタザピン併用療法を試みる。
原疾患に対する治療薬剤による免疫低下がPML発症要因として考えられる。基礎疾患治療薬の中止もしくは減量により,免疫能の回復を図る。同時に原疾患の予後も考慮し,上記②と同様にメフロキン・ミルタザピン併用療法を試みる。
原疾患に対する薬剤の中止と同時に血漿交換療法を検討する。モノクローナル抗体関連PMLではナタリズマブ,リツキシマブ,インフリキシマブ,エタネルセプト,バシリキシマブ,ダクリズマブ,エファリズマブ,アレムツズマブ,およびムロモナブ-CD3が単剤使用でPMLの発症が報告されている。このモノクローナル抗体製剤の中止および除去が治療の第一選択となる。上記③と同様に原疾患の予後も考慮し,メフロキン・ミルタザピン併用療法を試みる。
メフロキン塩酸塩はてんかん患者に対して禁忌である。
海外ではIL-7,IL-2の投与やJCV特異的CTLの輸注療法,免疫チェックポイント阻害薬の投与も報告されているが,わが国ではまだ臨床的に実用化はされていない。
トポテカンはHIV-PML患者で有効であった報告があるが,副作用が強く,現時点では応用されていない。
シタラビン,シドフォビルは有効性を示す報告もある。いずれもエビデンスレベルの高い報告は乏しい。
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