新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がまだ全数把握対象疾患だった2022年6月に、発生届様式の簡素化が行われた際、保健所職員が一番頭にきたことが、職業欄がなくなったことだった。
診察室で職業を聞かれたことなんてない、という人も多いし、患者の高齢化とともに、無職の割合が上がっていくのだから、意味がないといわれるかもしれない。
しかし、保健所の積極的疫学調査ではしつこく職業や業務内容、執務環境、勤務形態、ライフスタイルを聞いている。
感染症の発生届になぜ職業欄が必要なのかといえば、職業上の感染リスクというものがあるし、それによって公衆衛生上の感染拡大防止策も異なってくるからである。
潜伏期間が長い感染症では、以前の職場での感染が疑われることもある。特に結核は感染から発症までに長い年月がかかることもあるから、曝露歴を確認するため、前職まで聞いているし、都道府県でまん延率が偏在している1)ので、幼少時に住んでいた地域を聞くこともある。結核低まん延国化に続き、“zero TB”をめざすためには、個別対応がより一層重視されるからだ。
職業を聞いたところで本人の申告では正確でないから、とか、プライバシーだとか個人情報だとかいうけれど、それは問診テクニックや医師の守秘義務の問題という気もする。
試供品のアンケートや懸賞の申し込みなどで職業に対する質問項目がある場合、どれくらいの人が正直に答えているのかは怪しいが(かくいう自分も正直に答えているかというと、あえて「公務員」や「医療職」を選ばないようにしているのも事実である)、医療機関で医師から診断・治療とまん延防止に必要な情報なのだと説明されれば、きちんと答えるのではないか。
職業やライフスタイルの聴取は治療コンプライアンスを推測するのにも有益であろうし、問診をきっかけとして話が弾み、患者とのコミュニケーションが円滑になることもあるかもしれない。
こんなことをいうと、混雑した外来でそんな時間はないと、怒られるかもしれないが、コロナ禍をサバイバルした我々がこれから生きていくのは、新興再興感染症がいつどこから持ち込まれるとも限らないことを痛いほど思い知らされた世界である。
医師の働き方改革や医療DXがこのような部分にも改善をもたらすことを祈る。
【文献】
1)内村和広:複十字. 2023;12(9):3-5. https://jata.or.jp/rit/rj/412-03.pdf
関なおみ(東京都特別区保健所感染症対策課長、医師)[積極的疫学調査][発生届][問診]