わが国の依存症臨床で最も重要な違法薬物は覚せい剤である。覚せい剤取締法事犯者の再犯率がきわめて高いのは,刑罰だけでは薬物依存から回復できないことを意味している。
近年,大麻による検挙者は急増しているが,臨床現場で遭遇することは少ない。一方,睡眠薬・抗不安薬や市販薬の依存患者は増加傾向である。
診断に重要なのは,以下の〈主要症状〉であるが,薬物依存患者の多くは〈副次的症状〉に列挙した特徴を持つ言動をとる傾向がある。なお,覚せい剤使用に誘発された幻覚・妄想の重症度は,薬物依存の重症度とは必ずしも関係しない。
・その薬物を使うことが仕事や学業,家事,心身の健康などにマイナスの影響をもたらしていることを理解していながらも,薬物をやめることができない。
・自分なりに薬物をやめよう,あるいは,薬物の使用頻度や使用量を減らそうとしては失敗する,というパターンを繰り返している。
・ひとたび薬物に対する強烈な渇望を自覚すると,制御できなくなってしまう。
・薬物について忠告されると,不機嫌になったり,攻撃的な態度で反論したりする。
・薬物のことを隠す・嘘をつく,あるいは,使用量・頻度を過少申告する。
薬物依存の診断の決め手となるような医学的検査はない。診断に際しては,上述のような薬物使用パターンの有無を確認する必要がある。
海外の実証的研究によれば,薬物依存患者の転帰は刑罰よりも治療のほうが良好であるとされている。
・薬物依存からの回復に必要なのは,安心して「クスリをやりたい/やってしまった」と言える場所である。
・医療者に警察通報を義務づけた法令は存在せず,たとえ公的医療機関に勤務する医療者であっても,正当な理由(治療上の必要性)があれば,守秘義務を優先することが許容されている。
・たとえ薬物使用が繰り返されながらでも,通院継続期間が長ければ長いほど,最終的な転帰は良好となる。
・いかなる薬物依存患者でも「クスリをやめたい/やりたい」という相矛盾する気持ちが同時に存在し,たえず揺れ動いているため,両価性に配慮する。
・薬物依存の治療は,大抵の場合,本人の受診ではなく,家族からの相談で始めることが多い。家族を支援する機関としては「精神保健福祉センター」がある。この施設は,各都道府県政令指定都市に最低1箇所は設置されており,薬物依存者家族の相談に対応している。
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