2024年には千円紙幣の肖像画に北里柴三郎が登場する。その北里が血清療法の産みの親であることは、ご存知の方も多いと思う。また現在、がんの治療や関節リウマチなどの治療に使用されている抗体医薬をご存知の方も多いだろう。しかし、抗体医薬による治療は、基本的には血清療法と同じ仕組みであることをご存知の方は少ないのではないか。さらに、血清療法の医学的意義や現状をご存知ない方も多いのではないだろうか。
北里はエミール・フォン・ベーリングと共同で、破傷風菌またはジフテリア菌で免疫された動物の血清は、他の動物個体を感染から細菌特異的に守ることを、1890年に発表した。すなわち抗体の発見である。この業績により、ベーリングは1901年に第1回ノーベル生理学・医学賞を受賞した。1796年にジェンナーにより発見された天然痘に対するワクチン接種の仕組みが明らかにされた瞬間であり、現代免疫学の発展を切り拓いた、医学史に残る金字塔である。
血清療法は、本書で解説されているように134年後の現在でも輝きを失っていない。ジフテリアや破傷風だけでなく、毒蛇、毒蜘蛛や有害海洋生物による咬刺傷にも有効な治療法である。日本では頻度は多くはないが、地球温暖化で熱帯地方を中心にみられるこれらの咬刺傷が、地球規模で広がる可能性もある。また血清療法は、CO VID-19パンデミックに際して有効なワクチンや治療薬が開発される前には、回復患者の血漿が治療に使用されて注目を浴びた。将来の未知の感染症に対するひとつの手段になる可能性もある。さらに、抗体医薬という形で、がんなど様々な疾患の治療に使用されており、その対象疾患は拡大すると考えられる。
しかし一方では、血清療法に関する医学的知識や情報が、医療現場に十分浸透していないという現実がある。「なぜ、今、血清療法なの?」で始まる本書には、実臨床を担っている方々の率直な疑問に答える形で、血清療法の歴史や現状、将来展望やその仕組みなど、現場ですぐに役立つ情報が「55の謎となぜ」として簡明にまとめられている。著者の熱意が凝縮された一冊である。