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【識者の眼】「救急・集中治療終末期ガイドライン改訂④─期限付きの根治的治療(TLT)」伊藤 香

No.5223 (2024年06月01日発行) P.64

伊藤 香 (帝京大学外科学講座Acute Care Surgery部門病院准教授、同部門長)

登録日: 2024-05-15

最終更新日: 2024-05-15

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前回、改訂版ガイドラインにおいては、集中治療医療従事者にshared decision making(SDM)のためのコミュニケーションスキルトレーニングを受けることを推奨したいと述べた。筆者は個人的に米国由来のコミュニケーションスキルトレーニングコースであるVital TalkTMの日本版となる「かんわとーく powered by Vital TalkTM」を紹介させて頂いたが、筆者も所属する日本集中治療医学会ではかねてより、集中治療室での終末期を迎える患者・家族らとのSDMに関連するセミナーが開催されてきた。ひとつは同学会臨床倫理委員会が主催する「集中治療における患者家族のこころのケア講座」、もうひとつは同学会看護教育委員会が主催する「意思決定支援プロセスセミナー」である。集中治療室での患者・家族らとのコミュニケーションがとても重要であることは、これまでもずっと認識されてきたことである。

というのも、集中治療終末期の治療のゴールの意思決定においては、家族らと医療従事者との間で意見の対立が生じやすいことはよく知られているからである。よくあるのは、医療従事者側からみると患者にとって無益であると懸念される治療の継続を家族らが望んでいるような場合である。海外の研究では、集中治療医療従事者の3分の1以上が家族らと意見が対立したことがあり、そのうちの63%が終末期の意思決定に関与していたと報告されている1)。このように対立の生じやすい集中治療終末期医療の現場において、期限付きの根治的治療(time limited trial:TLT)が有用であるとの報告がある。TLTとは、医療従事者と家族らの間で治療のゴールに関して意見が対立する場合に、患者が望むゴールに向かって改善するか悪化するかを確認するために、両者が合意した上で期間を決めて根治的治療を試行することである。患者が改善すれば、合意された治療が継続される。患者が悪化した場合、根治的治療から緩和ケア中心の治療へと移行する。

TLTが安全に行えることは、患者・家族ら側だけではなく、医療従事者側にとっても重要なことだ。救急・集中治療の現場では、しばしば、事前意思表示やadvance care planning(ACP)の不明な重症患者を目の前にした医師が、「この患者さんに挿管したら、抜管できなくなり(集中治療をやめることができなくなり)、無益な延命治療を続けることになってしまうのではないか」と葛藤することがある。このことが、医師が救命可能な患者の治療開始を差し控える原因になるのではないか、と懸念する声が以前からあった。そのような場面では、TLTの考え方は役に立つ。予後や患者の治療の選好が不確実な場合は、根治的治療を開始し、ひとまず命をつなぐことができたらその先のことを考えればよいのである。

今回のガイドライン改訂では、TLTの明記もハイライトの1つである。ただし、ここで問題なのは、適切な医学的判断とSDMのもと、TLTが試行され、根治的治療の終了(withdraw)が選択された後に必要となる緩和ケアが、日本の集中治療の医療現場で十分に浸透しているとは言いがたい点である。今回のガイドライン改訂が、従来の3学会に日本緩和医療学会が加わり「4学会のガイドライン」となった経緯はそこにある。きたる6月14日に開催される第29回日本緩和医療学会学術大会(右記QRコード)にて、4学会合同セッション「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン改訂〜緩和医療学会を加えた4学会のガイドラインへ」を企画させて頂けることとなった。救急・集中治療終末期医療は緩和ケアとの両輪であることを伝えていきたいと思っている。

【文献】

1)Wood GJ, et al:UpToDate. (last updated:Oct 06, 2023)

伊藤 香(帝京大学外科学講座Acute Care Surgery部門病院准教授、同部門長)[SDM[TLT]

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