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【識者の眼】「カプサイシン中毒?」薬師寺泰匡

薬師寺泰匡 (薬師寺慈恵病院院長)

登録日: 2024-08-02

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高校生が激辛ポテトチップスを食べた後に、口の痛みや心窩部痛を訴えて多数救急搬送されたと報道されていた。彼らが食したものにはブート・ジョロキアのパウダーが入っており、これは過去に世界一辛いトウガラシとしてギネスにも認定されたことがある、かなりの刺激性を持った食品である。日本救急医学会では、化学物質や自然界に存在する物質の毒性によって生じた生体の有害反応を中毒としており、今回の諸症状もトウガラシによるものと考えれば中毒と呼んでもよかろう。

辛さを表す指標として、「スコヴィル値」がある。1912年にスコヴィル味覚テストを考案したウィルバー・スコヴィルの名前に由来しており、トウガラシ属にどの程度カプサイシンが含まれているかを示すものである。当初は、トウガラシのエキスの溶解物を5人の被験者に飲ませ、辛味を感じなくなるまで薄めていき、必要な希釈倍率をもってスコヴィル値としていた。現在では高速液体クロマトグラフィーで測定した濃度を経験的なスコヴィル値に変換して数値を出している。今回使用されたブート・ジョロキアは100万スコヴィルとされており、1mLのものを1000Lにまで希釈しなければ辛味を無効化できないほどのものである。

カプサイシンは感覚神経終末で細胞膜のバニロイド受容体(TRPV1)に結合して灼熱感を引き起こす。TRPV1は温痛覚の受容体で、体温を超えた熱さを痛みとして感じる仕組みにも関わっている。「痛いような辛さ」と表現されることもあるが、正に痛みである。動物実験レベルでは、少量のカプサイシンに胃粘膜保護作用があることが確認されている一方、多量になると潰瘍の悪化につながることが知られており、2016年に食直後から嘔気と胸痛を訴え、食道破裂と診断された例も報告されている。目や鼻の粘膜に触れると、局所的な刺激作用で、流涙、鼻漏、疼痛が生じ、カプサイシンは防犯スプレーにも用いられる。

水ですら中毒になりえるため、なんでも量が重要である。いきなり辛いものを食べれば刺激が強すぎることは間違いなく、多量の摂取で命に関わる事態にも陥りかねない。食品として販売されているものの、一歩間違えれば凶器である。実際に体験するまでどの程度辛いかなどわかるはずもなく、わからないままに辛いものにチャレンジしている実態があることを懸念する。

今回のようにとてつもなく辛いものを摂取して救急搬送されたとして、病院側としても対応に苦慮する。カプサイシンは脂溶性のため、牛乳を飲ませるとよいのかもしれないが、外来でできる対応としてはその程度となる。活性炭には吸着されないので投与は無駄である。症状が落ち着くまで励ますだけになるだろう。何らかの規制があっても良いのではないか。

【文献】

1) Arens A, et al:J Emerg Med. 2016;51(6):e141-3.

薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[スコヴィル値][TRPV1

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