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(当帰芍薬散が無効のCOVID-19後嗅覚障害+抑鬱状態)×香蘇散[漢方スッキリ方程式(89)]

No.5233 (2024年08月10日発行) P.14

平澤一浩 (東京医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野講師)

登録日: 2024-08-07

最終更新日: 2024-08-07

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COVID-19後の嗅覚障害の多くは早期に回復し,鼻副鼻腔粘膜の腫脹等による気導性嗅覚障害が主体と考えられる1)。しかし,本例のように遷延し,嗅裂も開存している例では,神経性障害が加わっていると考えられる1)。この状態に対する確立された薬物治療は現状なく,感冒後嗅覚障害に準拠した治療が推奨される2)。

感冒後嗅覚障害の治療では,従来のベタメタゾン点鼻に加え,当帰芍薬散が注目されている。当帰芍薬散は,嗅神経の機能維持と再生に関与する神経成長因子(NGF)を増加させ3),感冒後嗅覚障害に有効である。エビデンスレベルは弱いものの,嗅覚障害診療ガイドラインにも収載されており,COVID-19後の嗅覚障害でもまずは当帰芍薬散を用いるのが無難である。

また,ヨーロッパではユーカリ,クローブ,バラ,レモンの4種類の嗅素を用いた嗅覚刺激療法が行われている。嗅覚を刺激し,神経細胞およびシナプス形成を促す治療で,本邦でも注目されている。しかし本例では,いずれの治療を行っても改善不良であった。

感冒後嗅覚障害の治療が無効な時の次の一手

香蘇散は,香附子,紫蘇葉(蘇葉),陳皮,甘草,生姜の5つの生薬から成り,気鬱,すなわち気分が鬱々とした状態を晴らす処方である。西洋医学的にも,紫蘇葉中のロスマリン酸が海馬における中枢神経新生を惹起し,抗うつ効果を発揮することがわかっている4)。本例も気分の落ち込みが目立っていたが,香蘇散により解消された。また,気鬱には「機能不全」の意味合いも含まれており,特に香蘇散は胃腸機能を改善する効果がある。胃腸障害のほかにも,気鬱が根底にある種々の疾患に香蘇散が有効であったとする報告は数多くあり,嗅覚障害(COVID-19後の後遺症ではないが)に奏効した例も報告されている5)。本例も,気鬱の改善により嗅覚器の機能が回復したものと考えられる。

また,香附子,紫蘇葉,陳皮には精油成分が含まれている。中でも紫蘇葉は,前述のロスマリン酸を含め精油成分を多く含有しており,気化した精油成分は嗅覚神経系を刺激する6)。これは嗅覚刺激療法と同様の意味合いであり,本例もこれを利用し,エキス剤を白湯に溶かし香りを嗅いだ後に内服指示しており,嗅覚改善に寄与した可能性がある。

なお,筆者は本例以前にも香蘇散の有効例を報告しており7),気鬱がベースにあるCOVID-19後の遷延性嗅覚障害には香蘇散が有効である例が少なくないと実感している。しかしこの一剤でCOVID-19後の遷延性嗅覚障害のすべてに対応できるとは考えておらず,筆者はこれまでに柴胡桂枝乾姜湯麗沢通気湯の有効例も経験している。ほかにも多様な漢方が有効な可能性があり,今後症例を集積して検討したい。

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