本連載の第2回(No.5215)や第5回(No.5227)において、今回のガイドライン改訂における集中治療室での生命維持治療への対応、すなわち「治療のゴール」を決定していくための患者・家族らとの協働意思決定(shared decision making)や、集中治療医療従事者に対するコミュニケーションスキルトレーニングの重要性に関して述べた。患者の価値観を引き出した意思決定をした結果、生命維持治療の終了が選択肢に挙がる場合、死につながる決断ともなるため、診療にあたる集中治療医療従事者は、そのゴールが医療倫理の観点からも適しているかを検討する必要がある。
1970年代にBeauchampとChildressが提唱した「医療倫理の4原則」である①自律尊重(respect for autonomy)、②無危害(nonmaleficence)、③善行(beneficence)、④正義・公正(justice)は、現代の医療現場でもよく知られているところである1)。①「自律尊重」 とは、患者が医学的意思決定に参加する権利を確保することであり、4原則の中でも特に重要とされる。②「無危害」は、患者に害を及ぼさないようにという原則である。③「善行」とは、患者の最善の利益のために行動することであり、「権利の保護、危害の防止、救助義務」という道徳原則に準ずるものである。④「正義・公正」とは、すべての人が公平に扱われ、医療資源が公平に使用されることであり、医学研究における被験者の選択や、医療資源の配分にも関わってくる。
生命維持治療への対応が医療倫理的に妥当であるかを検討する方法として、Jonsenの四分割法が知られている1)。すなわち、それぞれの患者について、①医学適応、②患者の意向、③生活の質、④周囲の状況の4つの項目を、医療倫理の4原則に当てはめながら話し合い、患者の全体像を把握することで、最終的な治療のゴール決定へとつなげていく手法である。近年では、多職種でJonsenの四分割法を用いながら患者の意思決定支援が行われるようになってきており、今回のガイドライン改訂では、治療のゴール設定のためのプロセスのうち、「医療者間での検討」の方法として、Jonsenの四分割法を用いた倫理的なアプローチを推奨したいと考えている。
筆者も所属する日本集中治療医学会の臨床倫理委員会では、集中治療室における生命維持治療終了も含めた治療ゴールの設定において、Jonsenの四分割法を臨床の現場で実用していくために役立つセミナーを開催している。1つは、生命倫理やそれにまつわる法律の専門家による講義と、集中治療の臨床家による事例検討から成る教育講座「集中治療と臨床倫理─倫理的・法的・社会的問題(ESLI)への対応」である。もう1つは、患者シナリオに合わせて実際にJonsenの四分割法を用いたワークショップを行う「集中治療における患者家族のこころのケア講座」ある。ぜひご参照されたい。
【文献】
1)Fromme EK, et al:Ethical issues in palliative care. UpToDate. 2016.
伊藤 香(帝京大学外科学講座Acute Care Surgery部門病院准教授、同部門長)[治療のゴール][生命維持治療]