緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は,多くの細菌の中でも臨床的に重要な細菌として位置づけられている。その理由としては,まず院内感染の主要な原因菌として分離されている点にある。院内感染といえば,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin‐resistant Staphylococcus aureus:MRSA)が1980年代から国内の医療機関において最も多く分離されてきた。その次に多く分離されていた菌が緑膿菌であり,院内感染対策上,重要な菌として認識されてきた。
緑膿菌はMRSAと同様に耐性菌として難治性感染を起こしやすく,感染に伴う死亡例も多く出ていた。その後,各種抗菌薬の開発により,緑膿菌に有効な様々な抗菌薬が開発されたことで,治療が容易になることが期待されていた。しかし,2000年代に入って,フルオロキノロン,カルバペネム,アミノ配糖体の三系統の抗菌薬に耐性を獲得した多剤耐性緑膿菌(multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa:MDRP)が臨床現場から分離されるようになった。MDRPはこれまで緑膿菌感染症に有効とされてきた抗菌薬のいずれにも耐性を獲得しているため,その当時,国内で単独で有効性が期待できる抗菌薬はない,という現実を突きつけられた。MDRPが分離される患者の多くは免疫不全状態で,治療ができなければ重症化して死亡する可能性が高かった。そのため,古い薬剤で既に国内販売は中止となっていたコリスチンを海外から個人輸入する形で治療せざるをえなくなった。その当時,他の医療機関から,「うちの病院はコリスチンが院内にないので,持ち合わせがあればなんとか都合してもらえないか」といった問い合わせが頻回にあった。通常のルートで入手できない治療薬しか有効性が期待できないということで,免疫不全患者を治療する医師にとっては,MDRPは悩みの種であった。その後,コリスチンは国内でも2015年に承認を得て再発売となった。また,院内感染対策や抗菌薬の適正使用が重視されるようになり,しだいにMDRPによる感染事例は少なくなっている。
近年の傾向として,MDRPを含む緑膿菌の分離頻度は低下しており,耐性菌としては,基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase:ESBL)産生菌が明らかに上昇傾向にある。さらに,カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(carbapenem-resistant Enterobacterales:CRE)が,臨床上,重要な耐性菌として注目されるようになってきた。このような状況により,相対的に緑膿菌への関心は低くなる傾向にある。
それでは,緑膿菌感染症の問題が解決したかというと,そうではない。実際に臨床の現場においては,MDRPの条件を満たす3剤耐性の分離は稀になってきているが,2剤耐性やカルバペネム耐性菌などは現在でも少なからず分離されており,治療に難渋する例も認められる。
このような背景をふまえて,筆者は第58回緑膿菌感染症研究会(2024年1月)の会長を担当した際に,研究会のテーマを「いまだ手強い緑膿菌 次の治療戦略を考える」とした。緑膿菌というただ1つの菌を対象につくられた研究会が既に60年近くの歴史を有すること自体が,この菌の問題がいまだに解決されていないことや,様々な研究を続ける題材があることを物語っている。