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特集:いまだ手強い緑膿菌─治療・予防戦略最前線!

No.5236 (2024年08月31日発行) P.18

松本哲哉 (国際医療福祉大学医学部感染症学講座主任教授/同大学成田病院感染制御部部長)

登録日: 2024-08-30

最終更新日: 2024-08-28

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1987年長崎大学医学部卒業。同第二内科に入局。米国ハーバード大学留学後,東邦大学講師,東京医科大学主任教授を経て,2018年より現職。日本化学療法学会前理事長,日本臨床微生物学会理事長,日本環境感染学会COVID-19対策委員長,AMEDプログラムスーパーバイザー等を兼務。

1 緑膿菌感染症の位置づけ

  • 緑膿菌は院内感染の主要な原因菌であり,特に多剤耐性緑膿菌(MDRP)は難治性感染を引き起こす。
  • 近年,緑膿菌の分離頻度は低下しているが,臨床の現場では遭遇しやすい。

2 緑膿菌の細菌学的特徴

  • 緑膿菌は多様な病原因子の発現やバイオフィルムの形成により病原性を発揮する。
  • 緑膿菌は抗菌薬への曝露や耐性遺伝子の受け渡しで多剤耐性を獲得しやすい。

3 緑膿菌感染症の臨床的特徴

  • 緑膿菌は各種臓器に感染し,免疫不全患者では重症化するリスクが高い。
  • 腸管内に定着した緑膿菌はバクテリアルトランスロケーションを起こし,菌血症や敗血症の誘因となる。

4 緑膿菌はなぜ手強いか

  • 院内で広がりやすく,患者は無症状で保菌状態になることがある。
  • 多くの抗菌薬に耐性を獲得し,抗菌薬を投与されても選択的に生体内で増殖しやすい。

5 従来の緑膿菌感染症治療

  • 患者から分離した緑膿菌の薬剤感受性を調べ,有効な抗菌薬を選択する。
  • MDRPのように高度な耐性菌にはコリスチンなど必要に応じた抗菌薬を用いる。

6 緑膿菌感染症に有効な新規抗菌薬

  • タゾバクタム/セフトロザンはカルバペネム耐性の緑膿菌に対しても優れた抗菌活性を示す。
  • セフィデロコルはカルバペネム耐性の多剤耐性グラム陰性菌に広く有効であり,緑膿菌にも強い抗菌活性を有している。

7 現在開発段階の治療・予防法

  • 新規治療法の候補➡ファージ療法,バイオフィルムの制御,抗体療法など。
  • 新規予防法の候補➡ワクチン,プロバイオティクス,環境汚染対策など。

8 今後の緑膿菌感染症対策

  • 緑膿菌に有効な新規治療薬が今後も開発されてくる可能性がある。
  • 現時点では実用化されていない治療法を含め,将来的には多様なアプローチが求められる。  

1 緑膿菌感染症の位置づけ

緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は,多くの細菌の中でも臨床的に重要な細菌として位置づけられている。その理由としては,まず院内感染の主要な原因菌として分離されている点にある。院内感染といえば,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin‐resistant Staphylococcus aureus:MRSA)が1980年代から国内の医療機関において最も多く分離されてきた。その次に多く分離されていた菌が緑膿菌であり,院内感染対策上,重要な菌として認識されてきた。

(1)緑膿菌に対する抗菌薬開発のこれまで

緑膿菌はMRSAと同様に耐性菌として難治性感染を起こしやすく,感染に伴う死亡例も多く出ていた。その後,各種抗菌薬の開発により,緑膿菌に有効な様々な抗菌薬が開発されたことで,治療が容易になることが期待されていた。しかし,2000年代に入って,フルオロキノロン,カルバペネム,アミノ配糖体の三系統の抗菌薬に耐性を獲得した多剤耐性緑膿菌(multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa:MDRP)が臨床現場から分離されるようになった。MDRPはこれまで緑膿菌感染症に有効とされてきた抗菌薬のいずれにも耐性を獲得しているため,その当時,国内で単独で有効性が期待できる抗菌薬はない,という現実を突きつけられた。MDRPが分離される患者の多くは免疫不全状態で,治療ができなければ重症化して死亡する可能性が高かった。そのため,古い薬剤で既に国内販売は中止となっていたコリスチンを海外から個人輸入する形で治療せざるをえなくなった。その当時,他の医療機関から,「うちの病院はコリスチンが院内にないので,持ち合わせがあればなんとか都合してもらえないか」といった問い合わせが頻回にあった。通常のルートで入手できない治療薬しか有効性が期待できないということで,免疫不全患者を治療する医師にとっては,MDRPは悩みの種であった。その後,コリスチンは国内でも2015年に承認を得て再発売となった。また,院内感染対策や抗菌薬の適正使用が重視されるようになり,しだいにMDRPによる感染事例は少なくなっている。

(2)近年の傾向と現状

近年の傾向として,MDRPを含む緑膿菌の分離頻度は低下しており,耐性菌としては,基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase:ESBL)産生菌が明らかに上昇傾向にある。さらに,カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(carbapenem-resistant Enterobacterales:CRE)が,臨床上,重要な耐性菌として注目されるようになってきた。このような状況により,相対的に緑膿菌への関心は低くなる傾向にある。

それでは,緑膿菌感染症の問題が解決したかというと,そうではない。実際に臨床の現場においては,MDRPの条件を満たす3剤耐性の分離は稀になってきているが,2剤耐性やカルバペネム耐性菌などは現在でも少なからず分離されており,治療に難渋する例も認められる。

このような背景をふまえて,筆者は第58回緑膿菌感染症研究会(2024年1月)の会長を担当した際に,研究会のテーマを「いまだ手強い緑膿菌 次の治療戦略を考える」とした。緑膿菌というただ1つの菌を対象につくられた研究会が既に60年近くの歴史を有すること自体が,この菌の問題がいまだに解決されていないことや,様々な研究を続ける題材があることを物語っている。

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