今回はちょっと堅い話題で(いつもが緩いわけではありませんが)、「スティグマ」を取り上げます。社会的スティグマとは、一般とは異なるとされることから、差別や偏見の対象となる属性、そして、それに伴う負のイメージを指します。健康や障害に関わることはスティグマになりやすく、中でも心の病気(精神分裂病、痴呆症)、外見上の変化を伴う病気(奇形)、遺伝する病気、それから「うつる病気」(感染症)が代表的です。スティグマを減らすために、精神分裂病が統合失調症に、痴呆症が認知症に置き換わったことは、皆さんご存知の通りです。
うつる病気は、やはりうつされたくない側としては、感染源となる病人に対して忌避・差別の感情が発生しがちです。最近ではCOVID-19パンデミック当初の混乱の渦中、感染者に対する差別や中傷はひどいものでした。また、エイズも発見当時は(今も?)「同性愛者やセックス・ワーカーが罹る病気」「死に至る病気」そして「うつる病気」として、強烈なスティグマが起こりました。しかし最も有名なのは、古くは聖書の中にも記されている「らい病」でしょう(注:あえてここでは「ハンセン病」ではなく、かつての病名「らい病」としました)。
らい病という病名に偏見・差別が刷り込まれてしまったために「ハンセン病」に置き換えられましたが、これこそ言葉狩り―病名を変えても偏見・差別は消えません。この病気はかつては治らなかった、顔面や手足が醜く変形していく、うつる、それと同時に家族集積することから遺伝するともとらえられました。偏見・差別につながる要因がいくつもそろっていたのです。伝染力は非常に弱いにもかかわらず患者は強制的に収容所みたいな処に隔離され、さらには医学的にも倫理的にもまったく間違った考え(優生保護法)のもと、避妊手術を強要されました。
らい病をテーマとした作品と言えば、松本清張の『砂の器』です。これまで幾度も映画・ドラマ化されましたが、やはり1974年に丹波哲郎・加藤剛らが出演した映画のインパクトは強烈でした。幼少時、らい病の父親と放浪していた男性がその後社会的に成功したものの、過去が暴かれそうになったために殺人を犯してしまう。そうしなければ、名声を失うだけではなく、絶望的な差別と偏見の日々が待っていたからです。そのやるせない動機も突き止め、犯人を追い詰めた刑事が告発したのは、殺人犯だけではありません。偏見・差別を生み出した政府の隔離政策だったのです。
ところで驚いたことに、その後の『砂の器』のリメイクでは「らい病」のことが一切触れられていません! だから観ていても、なぜ人を殺すまで追い詰められたのか、その切実さがまったく伝わりません。どうやら「らい病」を取り上げることすらもタブーとされたようですが、それって患者に対する配慮ですか、それとも政府に対する忖度でしょうか?
森内浩幸(長崎大学医学部小児科主任教授)[感染症の歴史][らい病(ハンセン病)][スティグマ]