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【識者の眼】「スポーツと慢性外傷性脳症」大沢愛子

No.5241 (2024年10月05日発行) P.61

大沢愛子 (国立長寿医療研究センターリハビリテーション科医長)

登録日: 2024-09-19

最終更新日: 2024-09-19

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オリンピックやパラリンピックで盛り上がった2024年の夏。どの競技に注目するかは好みによるが、外傷性脳損傷による高次脳機能障害の治療を多く担当するリハビリテーション科医の私は、競技時の頭頸部への安全配慮に興味を持った。オリンピック開始早々、メダルラッシュで大人気になったスケートボードでは、18歳未満のヘルメット着用義務がある。一方、素人目には転落の危険性が高いように見えるスポーツクライミングの競技規則では「(ヘルメットなどは)競技中に使用または着用することができる」とあり、着用は任意である。他者と激しく接触するラグビーやボクシングなどのコンタクトスポーツはもちろんのこと、バスケットボールやサッカーなど、接触行為は禁止されているものの、白熱した展開で不可抗力により相手や物などと激しく接触する可能性のあるスポーツでは頭頸部を守るための対策をとってほしい。

たとえば、近年、サッカーのヘディングの危険性が指摘され、欧米諸国の中には、10歳以下のヘディングを禁止したり年代ごとに頻度を制限したりする指針が発表されている。華麗なヘディングは試合の華とも言えるが、硬いボールを直接頭で受け止め、さらに頸部を強く屈曲、回旋、伸展する行為が頭頸部に何らかのダメージを与えることは想像に難くない。実際に、元プロサッカー選手では、対照群と比較して、認知症、運動ニューロン疾患、パーキンソン病などの神経変性疾患に関連する死亡のハザード比が3.53(2.72〜4.57)1)と高い。また、5年以上のサッカー経験のある20歳代のアマチュア選手において、約2週間のヘディングの暴露頻度が思考スピード、ワーキングメモリ、注意機能の低下と関連することが報告されている2)。さらに、アルツハイマー型認知症の遺伝的素因であるAPOEε4の陽性者が高頻度のヘディング暴露を受けた場合、陰性者と比較して言語性記憶の低下リスクが4〜8倍高いという報告もある3)。子どもやアマチュアサッカーでヘディングが試合の重要な局面を左右するとは考えにくく、無理なヘディングが高頻度に行われる可能性は低いものの、身体が未熟で、技術の伴わない不用意なヘディングが頭頸部に悪影響を及ぼすリスクはある。

とはいえ、スポーツによる軽微な外傷性脳損傷の累積と神経変性疾患を関連づけるデータは横断的または後方視的な報告が中心であり、直接的な因果関係はほとんど示されていない。今後はスポーツごとに、プロとアマチュアをわけた解析を行い、ダメージの累積量や時間との関連、幼少期・青年期からの慢性的な頭頸部への衝撃が脳に及ぼす影響の長期的経過などについて、前向きに調査を行うべきである。また、スポーツに関わる当事者や指導者は、外傷性脳損傷の累積に伴う遅発性の脳の構造変化と機能障害について、見識を深め続ける必要があるだろう。

【文献】

1)Mackay DF, et al:N Engl J Med. 2019;381(19):1801-8.

2)Stewart WF, et al:Front Neurol. 2018;9:240.

3)Hunter LE, et al:JAMA Neurol. 2020;77(4):419-26.

大沢愛子(国立長寿医療研究センターリハビリテーション科医長)[外傷性脳損傷][ヘディング]

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