2024年は北里柴三郎イヤーですので、今回も北里柴三郎先生の血清療法に関連したお話として「血清療法の現在のglobalな視点での位置づけ」と「その未来」についてお話をします。
世界保健機関(WHO)は、「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases:NTDs)」は世界149の国と地域でみられ、10億人を超える人々の生活を脅かし、それら発展途上国に毎年数10億ドルもの損害を与えているとして、21疾患をNTDsと定義しています。三大感染症であるHIV/エイズ、結核、マラリアと同格でNTDsに対してWHOは本気で取り組んでいます。血清療法の関連では、狂犬病、蛇咬傷が含まれます。つまり、globalな視点で考えると、血清療法の関連は現在において世界的な潮流の中心の一部と言うことができます。では、未来はどうなるのでしょうか?
まず、発症すると死亡率100%と言われている狂犬病について考えてみます。狂犬病は日本にないはずでは? と思われる先生方もいらっしゃると思いますが、問題になるのは日本人が海外で咬まれて帰国し、病院受診する場合ではないでしょうか? 狂犬病に対しては曝露後にも狂犬病ワクチン接種がありますが、WHOは重度の曝露を受けた場合にはワクチンの接種とともに抗狂犬病免疫グロブリンの投与を推奨しています。しかし、この抗狂犬病免疫グロブリンは日本では製造されておらず、手に入らないのが現状です。
海外ではこの抗狂犬病免疫グロブリンはヒト血液とウマ血液のものがあるようで、技術的には日本で抗狂犬病免疫グロブリンをウマ血液でつくることは十分可能です。ただ、製剤というのはただつくればよいわけではなく、それを安定供給するためのラインの維持、臨床試験などに多額の費用が発生するため何らかの枠組みで行う必要があります。
次に蛇咬傷については、ヤマカガシ類似蛇は中国・東南アジアに生息するため、ヤマカガシ抗毒素のニーズが今後大きく高まる可能性があります(中国ではいまだに無毒蛇と信じられているようですが……)。国内でヤマカガシ抗毒素を新規に製造し、海外に輸出することができるようになれば、大きく抗毒素の分野が広がっていくと思います。
製剤そのものについては、現在の血清療法がウマ血液であることから、どうしてもアレルギー反応や根本的にウマの血液をヒトに投与することに対する拒否感があります。それに対応するためにヒト型モノクローナル抗体の開発がボツリヌス抗毒素、ジフテリア抗毒素で世界最先端の完全ヒト抗体産生マウスを用いて急ピッチで進められています。難しいのは、ただ製造するだけではなく、その効果を確かめること、さらに臨床応用となりますので、それができれば世界展開も可能になります。
1890年に北里柴三郎先生が開発された血清療法ですが、現在でも臨床展開され今後も少しずつ形を変えながら使用されていくものと思われます。
一二三 亨(聖路加国際病院救急科医長)[血清療法][顧みられない熱帯病][NTDs]