ワクチンは健康人に使用するものなので、安全性に対するハードルが高い。子宮頸がんを予防するためのヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは、日本では2009年に承認され、無料接種が始まった2010〜12年度の3年間は高接種率であった。しかし、2013年度に定期接種に移行した直後に、接種後症状の疑義を理由に厚生労働省が積極的勧奨を一時中止、接種率は激減した。その結果、1995〜99年度生まれの5学年は、接種率が70〜80%台に達しているが、2000年度生まれ以降の年齢層は、2022年度からのキャッチアップ接種にもかかわらず、30〜40%台にとどまっている。
接種開始の早かった国々では、既に接種による子宮頸がん罹患の激減が報告されており、がん予防効果が現実のものとなり始めている。WHOは、ワクチン接種率90%、検診率70%で、子宮頸がん撲滅(罹患率が10万人当たり年4人未満)の達成が可能としているが、オーストラリアは2035年、英国は2040年を撲滅の目標に設定している。WHOは、 2015年に「日本は若い女性をHPVによるがんの危険にさらしている」と批判する声明を出している。
日本での接種率急減に大きく関与したのが厚生労働省の勧奨中止だが、それ以外にも、接種後症状との因果関係を前提にした当事者の情報発信と、それに同調したメディアの報道がある。特に、集団提訴が始まった2016年にはエビデンスに基づいた報道はされず、一方的に原告側の主張を繰り返したメディアの責任は重い。名古屋市が2015年に行った日本唯一の「HPVワクチンと接種後症状の関連についての大規模分析疫学調査(名古屋スタディ)」は、新聞、テレビでは報道されず、ネット上で一旦公開された「関連は認められない」とする名古屋市の速報も、薬害NPOからの意見により削除されている。研究内容は、2018年に論文化1)されたが、論文に反論はついていない。また、 WHOワクチン安全性諮問委員会がその安全性を2017年に再評価している。厚生労働省は2022年に接種勧奨を再開した。
HPVワクチン薬害集団訴訟は、2023年に椿 広計統計数理研究所所長が、原告側の証言を行っている。椿氏は、「名古屋スタディをもってHPVワクチンの安全性を主張するのは統計の誤用」と主張しているが、これは単なる原則論である。薬害裁判の証言として必要なのは、因果関係のエビデンスであり、椿氏はそれを一切提供していない。原告側証言としてほとんど意味をなしていないように思える。
これまで進んでいなかったキャッチアップ接種は、最終年の2024年になって、非常な勢いで伸びてきている。ワクチンの品薄もあり、厚生労働省がキャッチアップ期限を2025年に延長したことは評価したい。キャッチアップ・定期接種ともに、世界水準に近づけ、子宮頸がんの減少・撲滅に向けた対策を進めていく必要がある。
【文献】
1)Suzuki S, et al:Papillomavirus Res. 2018;5:96-103.
鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[キャッチアップ接種][子宮頸がん減少・撲滅]