▼大村智北里大特別栄誉教授のノーベル医学・生理学賞受賞が決まった。大村さんが発見・開発したイベルメクチンは、アフリカ・中南米に広がるオンコセルカ症とリンパ系フィラリア症の予防・治療薬として使用されている。年1回の経口投与で効果を発揮するのに加えて、安全性の高さから医療職ではなくても地域住民に投与ができるのが特徴だ。現在、WHOの指導でアフリカの1万2000集落に無料で行き渡るようになっており、両疾患とも10年以内に撲滅を達成できる見通しだ。これまでの功績に心から敬意を表したい。
▼熱帯地域を中心に蔓延し、世界的に十分な対策がとられてこなかった感染症は「顧みられない熱帯病」(Neglected Tropical Diseases:NTDs)と呼ばれる。WHOは17の疾患群をNTDsとして挙げており、世界で10億人を超える患者がいる。オンコセルカ症とリンパ系フィラリア症もNTDsに含まれる。
▼NTDs対策に尽力するピーター・ホッテズ教授(米ベイラー医大)は著書『顧みられない熱帯病(原題:Forgotten People, Forgotten Diseases)』の中で、NTDsを“貧困病”と呼ぶ。貧困のために公衆衛生の状態が悪く感染が拡大し、感染しても治療が受けられず病状が悪化。その影響で働くことができずに、ますます貧困に陥るという悪循環が背景にあるからだ。経済成長に伴う貧富の格差拡大が世界的な問題になるなかで、貧困層の健康を脅かすNTDsやマラリアの治療薬開発に貢献した研究者が今年、ノーベル医学・生理学賞を受賞した意義はひときわ大きい。
▼日本もかつてNTDsの問題を抱えていたが、これを克服してきた。大村さんの受賞を、日本の研究開発と臨床経験を生かした、保健医療の側面からの国際貢献を一層充実させる契機にしたい。