【Q】
てんかん患者,認知症患者の自動車運転についてはよく取り上げられますが,パーキンソン病患者の自動車・自転車運転についての限界・問題点についてはあまり知られていません。この点につきまして,順天堂大学医学部附属練馬病院・三輪英人先生のご教示をお願いします。
(1) 地方においては自動車が,都市部においては自転車が交通手段として重要ですが,パーキンソン病患者における自動車事故率について。
(2) パーキンソン病患者が自動車運転の継続を希望している場合,担当医師としてどのような対応・注意をすればよいのでしょうか。
(3) パーキンソン病とほかのパーキンソン病関連疾患で自転車運転における質的な差はありますか。
【質問者】
田中秀明:隆記会田中医院院長
【A】
(1)自動車運転の危険性
自動車運転を制限することは,運転する権利を剥奪することであり,また患者の自立が損なわれ,さらに代替交通手段が乏しい地域においては生活上の不利益を生じます。しかし,ご懸念の通り,パーキンソン病患者がその疾病に起因する自動車事故を起こすリスクは,健常者のそれと比べて高いことも明らかにされています。パーキンソン病患者の自動車事故リスクが対照健常者と比べてどの程度高いのかに関するわが国のデータについてはいまだ不明ですが,欧米における研究によると,運転資格を有する約5000人のパーキンソン病患者の検討では,過去5年間で11%に衝突事故が生じたという報告があります(文献1)。したがって,ある程度の運動機能障害が認められている場合には,運転の危険性を指摘して運転の中止を求める必要があります。
(2)運転継続希望への対応
前述のように,運動機能が損なわれている場合には(患者の希望があったとしても)早めに運転中止を求める必要があると考えます。また,認知機能障害や精神症状(幻覚)が認められる場合には言うまでもありません。
運動機能に問題なければ運転は可能ですが,パーキンソン病治療薬には眠気を催すものがあるので,この点は必ず患者に伝える必要があります。もし,眠気を訴える場合には自動車運転中止を求めます。また,特に非麦角系ドパミンアゴニストを服用している場合には突発性睡眠をきたす可能性があるので,とりわけ厳重な注意が必要で,この場合は運転をしないように説明します。
(3)自転車運転能力の疾患による違い
パーキンソン病では,病状が進行して歩行が困難な状態になっていても自転車運転に関する能力が保たれていることが知られています。一方,パーキンソン病関連疾患(またはパーキンソン症候群)では,発病早期から自転車運転能力を喪失することが多くみられます。したがって,自転車に乗れているかどうかを問診することで,パーキンソン病かパーキンソン症候群かを鑑別する一助となる情報が得られるのでは,と期待されています。これがバイシクルサイン(bicycle sign)として知られているものです(文献2)。パーキンソン病患者は前後方向へのバランスが悪く,しばしば加速歩行や後方突進などを呈しますが,横方向へのバランスは保たれています。しかし,パーキンソン症候群(これには多系統萎縮症や進行性核上性麻痺などの疾患が含まれます)では,横方向へのバランス制御が悪いために,自転車運転時のバランス不良が生じてしまうので,自転車に乗れなくなると推定されています。
1) Meindorfner C, et al:Mov Disord. 2005;20(7):832-42.
2) Aerts MB, et al:Lancet. 2011;377(9760):125-6.