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多様化する抑うつ状態を呈する患者への対応【抗うつ薬は「効いたらもうけもの」,まずは生活習慣に介入して是正を促す】

No.4797 (2016年04月02日発行) P.59

井原 裕 (獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授)

登録日: 2016-04-02

最終更新日: 2016-10-25

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【Q】

「新型うつ病」,「非定型うつ病」など,うつ病概念が広がるとともに,従来の薬物療法偏重主義では対応しきれない患者が増え,臨床現場で混乱がみられているように思います。多様化する「抑うつ状態を呈する患者」たちに,どのような心構えとテクニックをもって診療にあたるべきか,獨協医科大学越谷病院・井原 裕先生のご教示をお願いします。
【質問者】
姜 昌勲:きょうこころのクリニック院長

【A】

最近になって「薬物療法では対応しきれない患者が増えた」というよりも,「そもそも抗うつ薬とは効かないもの」なのです。臨床の混乱は,精神科受診者が増えたため,その中のうつ病患者も増え,その分「薬物療法では対応しきれない患者」も増えたものと思われます。
抗うつ薬のnumber needed to treat(NNT,プラセボ効果でなく薬効で患者を1人治すために,何人の患者を必要とするか)は,軽症大うつ病については3~8(文献1), 大うつ病一般に関して三環系抗うつ薬は7~16,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)は7~8(文献2)とされています。大雑把に,NNTを7と考えれば,薬物療法が有効なのはうつ病全体の2割弱です。8割以上に薬は無意味であり,そのうちのプラセボ効果で治る人を除けば,残りはすべて「薬物療法では対応しきれない患者」ということになります。
つまり,抗うつ薬が奏効する患者より,奏効しない患者のほうが多いのです。この事実を知れば精神科医のあなたはうつになるかもしれませんが,それでは試しにあなた自身が抗うつ薬を服用なさってみて下さい。多分効かないでしょう。抗うつ薬は「効いたらもうけもの」であって,「効かなくてもしかたない」といった諦念をもって処方すべきものです。
「薬物療法で治せなかったとしても,あなたは決して悪くない。でも,薬物療法によってさらに悪化させたとすれば,それはあなたが悪い!」,したがって,うつ病治療の目標は,「治せなくてもいいから,薬で悪くしない」とすべきです。
その一方で,うつ病患者の多くは生活習慣が乱れています。若年者や働き盛りであれば,短時間睡眠,不安定な睡眠相,アルコールの乱用などであり,高齢者の場合,極端な不活発・好褥傾向などです。
そこで,薬に望みを託す前に,まずは生活習慣に介入してはいかがでしょう。若年者や働き盛りなら,(1)1日平均7時間以上の睡眠,(2)起床時刻の日間差2時間以内,(3)節酒(薬物療法中は断酒)などであり,高齢者なら,(4)1日の臥床時間8時間未満,などです。
逆に,生活習慣を是正せず,ただ薬だけを飲むことは,「チョコレートを食べながらインスリンを打つ」ようなものであり,効果がないだけでなく,危険ですらあります。
薬物療法の前に生活習慣に介入する方法は,「栄養,安静,運動,職場転換その他療養上の注意を行うことにより,治療の効果を挙げることができると認められる場合は,これらに関し指導を行い,みだりに投薬をしてはならない」(保険医療機関及び保険医療養担当規則第20条第2項のホ)という保険医療の理念とも合致していますので,生活習慣病一般の治療原則とも矛盾しないように思われます。
上記(1)~(4)を実行しても効果が得られなければ,そのとき初めて薬物療法を考えても遅くはありません。

【文献】


1) Stewart JA, et al:J Clin Psychiatry. 2012;73(4):518-25.
2) Arroll B, et al:Cochrane Database Syst Rev. 2009;8(3):CD007954.

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