【Q】
わが国および欧米の肺炎診療ガイドラインでは,市中肺炎では重症度を考慮して抗菌薬を選択することが推奨されています。一方,院内肺炎では耐性菌を考慮した抗菌薬選択を推奨しています。誤嚥性肺炎は,わが国の高齢者肺炎の大部分を占め重要な意味を持ちますが,サイレントまたはミクロの誤嚥が原因とされます。この場合,宿主の状態が予後に大きく影響すると考えられますが,肺炎重症度や耐性菌のリスクの有無により抗菌薬を選択する必要があるのでしょうか。
回答は筑波大学附属病院ひたちなか社会連携研究教育センター・寺本信嗣先生にお願いします。
【質問者】
宮下修行:川崎医科大学総合内科学1准教授
【A】
超高齢社会を迎えて,わが国の肺炎診療は,市中肺炎(community-acquired pneumonia:CAP)と院内肺炎(hospital-acquired pneumonia:HAP)という米国感染症学会(Infectious Diseases Society of America:IDSA)と米国胸部疾患学会(American Thoracic Society:ATS)が主導するガイドラインの内容では対応できなくなっています。
新しく日本呼吸器学会が提示した医療・介護関連肺炎(nursing and healthcare-associated pneumonia:NHCAP)は,介護高齢者を中心とする肺炎ですが,結果的に誤嚥性肺炎リスクの高い人たちを抜き出した形になりました。
日本のNHCAP診療ガイドライン(文献1)は,現在進行形の未完成なガイドラインですが,重症度ではなく,医療区分という新しい考え方で治療に臨むように提案しています。つまり,肺炎の重症度ではなく,患者背景をよく理解している主治医やかかりつけ医,家族と相談の上,集中治療の可否を含めて協議しながら治療することを勧めています。このガイドライン作成時は,NHCAPでは耐性菌が問題となると危惧されており,そのことを示唆する論文もわが国より報告されていたため,耐性菌に配慮した抗菌薬投与設計になっていますが,その後の日本の臨床研究は,これらの耐性菌は治療経過や予後の点で無視しうることを示しています。むしろ,耐性菌を有するに至った患者背景が予後を規定しているので,初期治療にあたって耐性菌を考慮した抗菌薬選択は必要ないと考えます。
倉敷中央病院の石田 直先生らは,NHCAP症例の起因菌を検討し,NHCAP症例で複数菌検出が目立つ特徴はあるものの,全体としてはCAPと大差がないことを示しています。さらに,誤嚥が強く関与した症例〔aspiration(+)〕と誤嚥のない症例〔aspiration(-)〕とを比較すると,確かにMR
SAを含む耐性菌は増えますが,そのことは治療成績に関与しなかったと報告しています(表1)(文献2)。
肺炎の難治化に深く関与する耐性菌から,検出はされたものの肺炎への関与が低い耐性菌まで,同じ耐性菌に分類される菌にも臨床的重要性には大きな差があると考えています。耐性菌リスクを調べた多くの研究では,この点を明らかにしておらず,病原性の低い耐性菌まで含んだデータの解釈は慎重であるべきと思います。
ご指摘のように,高齢者の嚥下障害は加齢によって低下する嚥下機能の結果の自然現象の一部ですから,サイレントであり,ミクロの誤嚥です。これらに含まれる内在する常在菌が肺炎の一部を形成するのですが,その経過は本来慢性であり,肺炎が顕在化した状態では,既に発症から何日も経過したと考えるべきです。この全身状態の悪化に適切に対処する解決策がない限り,肺炎のみを治療しても結果は変わりません。つまり,抗菌薬投与は不可欠ですが,その対象は主要下気道感染症起因菌に対応したもので十分であると考えます。具体的には,スルバクタム(sulbactam:SBT)/アンピシリン(ampicillin:ABPC)で十分だと思います。
HAPについては,耐性菌に対する配慮は今後も問題になると思いますが,NHCAP,誤嚥性肺炎については,耐性菌のリスクの有無によって抗菌薬を変更する必要はないと考えます。
1) 日本呼吸器学会, 編:医療・介護関連肺炎診療ガイドライン. 日本呼吸器学会, 2012.
[http://www.jrs.or.jp/uploads/uploads/files/photos/1050.pdf]
2) Ishida T, et al:Intern Med. 2012;51(18):2537-44.