【Q】
電車の集電装置(パンタグラフ)は,以前はみな菱形「◇」をしていたが,最近は「<」や「>」の形が多いようである。この変化の理由を。菱形と比べてどのようなメリットがあるのか。
(神奈川県 Y)
【A】
電気鉄道車両の屋根上に搭載されているパンタグラフは,レールから約5m程度の高さに架設されている架空電車線と摺動しながら集電する装置である。従来このパンタグラフは菱形であったが〔その形状とリンク機構が写図器(pantograph)を連想させる形状であったので,パンタグラフという名称で呼ばれている〕,近年は「<」型のシングルアームパンタグラフが多く見られるようになってきた。シングルアームパンタグラフが普及してきた理由は,新幹線の場合と在来線の場合とで,まったく異なっているため,ここでは個別に解説する。
まず,新幹線においてシングルアームパンタグラフが普及した理由は,パンタグラフから発生する空力騒音を低減するため(文献1)である。空力騒音とは,高速の気流に物体がさらされた際に,物体下流に発生する流れの乱れに起因した音である。
よく知られた例としては,台風の日などに電線から発生するビュウビュウという音がある。これは電線の下流側に発生するカルマン渦という周期的な渦構造から発生している。一般に,空力音の音源強度は風速の6~8乗に比例して大きくなるため,列車の高速走行時には非常に大きなエネルギーを持つ。そのため,空力騒音は新幹線の速度を向上させる上でのボトルネックの1つとなっている。空力騒音を低減するための対策は,以下が代表的なものである。
(1) パンタグラフに高速の気流が当たらないようにする〔たとえばパンタグラフの前後にフェアリング(空気抵抗を減らすために被せる部品)を設け,パンタグラフに当たる流速を低減する〕
(2) パンタグラフの構成部材の表面形状をできるだけなめらかにする(流れの剥離を抑制する)
(3) 流れの一様性を壊す〔たとえば新幹線用パンタグラフのホーン(上部左右端部にある円柱部材)に周期的な穴があいているのも空力騒音対策である〕
(4) 高速の気流中にさらされる部材点数を削減する
このうち,(4)の具体的方法として,新幹線用のシングルアームパンタグラフが開発され,菱形パンタグラフと比較して,気流中にさらされる部材点数の大幅削減に成功している。
ただし,シングルアームパンタグラフは進行方向によって揚力(空気力によりパンタグラフに作用する上下方向の力)が変化するため,進行方向によって大きく揚力特性が変わらないような工夫も施されている。
一方,在来線でシングルアームパンタグラフが普及した理由は,菱形パンタグラフに比べて構成部材が少ないため,メンテナンス性の向上や,重量軽減が図られることに加え,パンタグラフを設置する車両屋根上の面積も小さくてすむことなどによる。また,パンタグラフに積もった雪の重さにより,パンタグラフが上昇できなくなるトラブルへの対策(文献2)という一面もある。
【文献】
1) 池田 充:新幹線ファーストガイド. 交通新聞社, 2011, p78-85.
2) 渡辺俊成:運転協会誌. 1998;40(12):553-5.