【Q】
最近,甲状腺癌のスクリーニング検査により,甲状腺乳頭癌が「流行的に」激増している旨の論文が韓国から発表されました〔Ahn HS, et al:N Engl J Med. 2014;371(19):1765-7〕。しかし,甲状腺癌による死亡率は不変であると言います。日本でこのような統計学的エビデンスはないものの,超音波検査の普及に伴い,我々は臨床の現場で同様の感触を共有しています。今後,原発事故と関連して,甲状腺癌のスクリーニングが頻繁に行われると予想されます。そこで,以下についてご教示下さい。
2cm以下の甲状腺乳頭癌で,偶然の機会に発見され,浸潤も転移も認められないような症例に対して,直ちに甲状腺摘除手術を施行すべきでしょうか。あるいは経過観察すべきでしょうか。
(兵庫県 M)
【A】
ご指摘の論文にあるように,最近甲状腺微小乳頭癌の罹患率は増加しています。原因は,超音波検査の普及や細胞診の診断技術の進歩によるものでしょう。一方で死亡率は不変であるので,超音波スクリーニング検査の普及が罹患率の増加の原因と言ってよいのではないでしょうか。
偶発的に発見される2cm以下の甲状腺乳頭癌の取り扱いに関するご質問ですが,存在するエビデンスは腫瘍径1cm以下の微小癌に関するもののみなので,1cm以下のがんとして回答します。
『甲状腺癌取扱い規約』(文献1)では最大径2cm以下の腫瘍をT1としていますが,T1のうち1cm以下の腫瘍はT1bに亜分類され,T1bに属する腫瘍が微小癌と定義されています。そして,甲状腺乳頭癌における前向き臨床試験は,長期の観察期間を要するため報告例が少ないのです。こうした中,近年,甲状腺微小癌の非手術経過観察の臨床試験論文がわが国から発表されました。
Itoら(文献2)は微小乳頭癌と診断された732例のうち162例について非手術経過観察を行いました。年1~2回の超音波検査による腫瘍の評価を行いつつ,18~113カ月観察しました。その結果,5年以上の経過で腫瘍径が2mm以上増大した症例は27.5%,不変60.3%,縮小12.1%でした。経過中,遠隔転移や原病死は認めませんでした。
杉谷ら(文献3)は35例の微小乳頭癌を平均3.6年観察した結果,腫瘍体積が50%以上増大した症例は18.2%,不変65.9%,縮小15.9%であったと報告しています。転移や浸潤のない微小乳頭癌は80%程度の症例で病変の変化を認めず,原病死も観察されていないことより,微小乳頭癌に対しての非手術経過観察は治療選択肢として妥当性があると思われます。
2010年に出版された『甲状腺腫瘍診療ガイドライン』(文献4)でも,甲状腺微小乳頭癌の取り扱いに関して,画像検査上明らかなリンパ節転移や甲状腺外浸潤,遠隔転移を認めない微小癌については,十分な説明と同意のもと非手術経過観察の選択が可能である(推奨グレードC1)とされています。
しかしながら,観察期間中は以下の点に注意が必要です。すなわち,(1)年に1~2回の定期的な超音波検査が必要であること,(2)遠隔転移の確認も必要であること,(3)頻度は低いが未分化転化の可能性に留意すること,です。観察期間中,腫瘍径が3mm以上増大した場合や,甲状腺内に新病変が出現した場合,リンパ節転移が疑われた場合は手術を行うべきです。
また,以上の知見はあくまで甲状腺乳頭癌における報告であり,ほかの組織型に関してのエビデンスはありません。したがって,穿刺細胞診により乳頭癌以外の悪性腫瘍が疑われた場合は,各症状に見合った対応を考慮することを付言します。
【文献】
1) 甲状腺外科研究会, 編:甲状腺癌取扱い規約. 2005年9月(第6版). 金原出版, 2005, p5.
2) Ito Y, et al:Thyroid. 2003;13(4):381-7.
3) 杉谷 巌, 他:頭頸部腫瘍. 2001;27(1):102-6.
4) 日本内分泌外科学会, 他, 編:甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版. 金原出版, 2010, p82-4.