1998年に米国ウィスコンシン大学のジェームズ・トムソン教授が,ヒトembryonic stem cell(ES細胞)の樹立に成功し,ヒトES細胞を用いた再生医療への期待が大きく膨らんだ。しかし,ES細胞は受精卵から作製するため,ヒト胚の滅失につながるという大きな倫理的問題を提起した。また,他人のES細胞から作った組織や臓器の細胞を移植した場合,拒絶反応が起こるという問題が危惧された。
京都大学の山中伸弥らは,これらヒトES細胞の持つ欠点を克服するために,2000年頃から体細胞に特定遺伝子を導入し,初期化する方法の作製に取り組んだ。山中らは多数の遺伝子の中から,ES細胞で特徴的に働いている4遺伝子Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycを見出し,レトロウイルスベクターを使ってマウスの皮膚細胞(線維芽細胞)に導入し,ES細胞に似た自律増殖能と多分化能を持つ細胞を樹立し,induced pluripotent stem cell(iPS細胞)と命名した。これらの4遺伝子は転写因子であり,細胞核内の分子ネットワークを変更し,細胞の初期化をもたらすと考えられる。山中らは,2006年にマウスiPS細胞樹立を報告し,翌2007年にはヒトiPS細胞樹立を報告した。
iPS細胞は,移植医療による再生医療への応用が期待されるほか,新薬開発,難治性疾患の原因究明に活用できると大きな期待が寄せられている。山中は,この業績により英国のジョン・ガードンとともに2012年のノーベル医学・生理学賞を受賞した。この受賞は分化した体細胞を多能性幹細胞へ初期化するという業績に対して与えられたものであり,将来ヒトiPS細胞を用いた再生医療が本格的に実現すれば,2個目のノーベル賞を受賞する期待が持たれる。