わしは通弁官のカーシュンを介してロッシュ公使に訊ねた。
「あなたは以前に腰を打撲したことはないか?」
ロッシュは寝台から身を起こして肯いた。
「軍人だった18年前、戦場で銃弾が馬首に命中して、馬もろとも地面に叩きつけられたことがある」
「そのときの治療は?」とわしは質した。
「野戦病院の軍医に診てもらい、骨折はなく打ち身といわれて当分安静にしている間に自然に治癒した。しかし、外傷を機に私は軍属を離れて政治家に転身したのだ」
そしてロッシュは質問した。
「先生の診断で私の病名と原因はなにか?」
「漢方は洋方とちがって病名や原因を診断するのではない。すべて証をもとに病いを捉えて治療をする」
その答えにロッシュは首をかしげて肩をすくめたが、わしは話しつづけた。
「あなたの病証は加齢にくわえて戦時外傷の後遺状態と、現在の仕事の疲労が背景にある。とりわけ最近の心的重荷が腰背痛に転化してあなたを苦しめている。このまま放置すれば難治となろう」
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