従来の覚せい剤依存のほか,危険ドラッグや向精神薬の依存患者が急増している
アルコール依存患者は従来の中年男性患者が減少し,高齢化が目立っている
危険ドラッグの乱用者が多く,その中でも危険ハーブには大麻類似成分だけでなく,覚せい剤類似成分も混入していることが少なくない
依存症は物質の脳に対する薬理作用だけで発症するのではなく,遺伝・環境因子が複雑に関連している
実際の患者の支援には,物質乱用の背後にある固有の生きづらさや感情コントロールの問題に焦点を当てて,感情表出を促すことが治療への第一歩となる
依存症の臨床現場において,薬物・アルコール依存の患者層は,ここ20年で劇的な変化を遂げた。薬物依存と言えば,かつては覚せい剤と有機溶剤(シンナー)の2つの違法薬物が乱用物質の双璧を成していた。平成に入ってから有機溶剤乱用者は減少の一途をたどり,今や覚せい剤についで多い乱用薬物は危険ドラッグと向精神薬であり,有機溶剤は見る影もない。平成24年度の当院初診患者における主たる乱用物質の内訳は,アルコールが45.2%,覚せい剤20.1%,大麻・危険ハーブ17.2%,向精神薬4.8%,多剤4.6%となっており,薬物依存患者はほぼ覚せい剤と大麻・危険ハーブで2分されていると言ってよい状況にある。
アルコール依存の場合,変化は年齢構成に顕著に現れている。かつては働き盛りの中年男性患者が大半を占めていたが,今や彼らが高齢化し,認知機能や身体合併症に伴うADL(activities of daily living)の低下が目立つようになっている。このような患者層の高齢化はアルコール依存のみに目立つ傾向である。たとえば平成24年度,当院に入院した薬物依存患者は40歳代以下が91.6%を占め,60歳以上はわずか1名(0.6%)だけであったのに対し,アルコール依存患者の場合,60歳以上が21.3%を占めていた。
臨床現場でみられる高齢アルコール依存患者の類型としては,もともと中年期までに発症してそのまま高齢化した群,退職や配偶者の喪失,同居していた子どもの独立,自然災害などを契機に飲酒量が急増し,初老期になって初めて発症した群,そして割合として多くはないが,中年期まで薬物依存や摂食障害,うつ病など,アルコール依存と親和性の高いほかの精神疾患に罹患しており,中年期以降にアルコール依存へと移行していった群に大別される。
傾向としては,中年期までに発症し,高齢化した群はアルコール依存歴が必然的に最も長い。したがって,経過中に身体疾患の併発,仕事や家族関係の喪失など多くの問題を抱え,社会的孤立が目立つ。対照的に,初老期発症群は中年期までは比較的社会適応が保たれており,配偶者や子どもたちとの関係も完全に失っていることはなく,むしろ健康状態を心配した家族の勧めで医療機関の受診につながることが多い。
ただし,初老期発症群でも,もともと若い頃から家族や友人との関係が希薄で,仕事だけが生き甲斐だった場合や,大規模災害後に地域や家族とのつながりが断ち切られ,孤立してしまった例などでは,重篤な身体疾患や認知症の発症がなければアルコール依存問題に周囲が気づきにくい。認知機能低下が目立つ場合は従来の依存症治療よりも,認知症の治療に準じて施設入所などケースワークを中心に支援していく必要がある。
残り3,968文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する