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相良知安(6)[連載小説「群星光芒」261]

No.4850 (2017年04月08日発行) P.70

篠田達明

登録日: 2017-04-09

最終更新日: 2017-04-04

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  • 山内容堂知学事の口調は居丈高だった。

    「イギリス公使館付きのウィリアム・ウィリス医師は、戊辰戦争で多くの負傷兵に最新の外科治療を施して絶大な功績をあげた。薩摩藩の高官、西郷従道殿は左の項に貫通銃創をうけたが、ウィリス医師の治療で九死に一生を得た」
    そういう容堂の口許から酒の匂いが漂い、手指にはこまかな震えがみられた。

    ――容堂侯はかなり酒毒が進んでいる……。

    と相良知安は判じた。

    「そもそも薩摩藩はイギリスと親密な関係にあり、太政官の各位もイギリス医学を日本医学の手本にしたいと望んでおる」
    容堂はやや巻き舌でいった。

    「イギリス公使ハリー・パークス閣下もウィリス医師を強力に後押ししておられる。その方どもも役目柄、イギリス医学採用に十分な力添えをいたせ」
    頭ごなしの申し付けにひるむことなく知安は反論した。

    「知学事には拙者どもを学校権判事に任命なさいました。そのお役目とは内外の医療事情を調査して今後の医事行政の基本方針を作成することにあります」
    そして知安は語気を強めた。

    「従いまして拙者どもがなすべきは最初からイギリス医学採用と決することなく、西欧諸国の医療事情を調査し比較検討した上でいずれの国の医学を導入すべきかと」
    「なにを申すか!」
    最後までいわせず容堂は声を荒げた。

    「太政官ではすでにイギリス医学採用を決定したと同然である。それでもその方は最初からやりなおせと申すのか?」
    容堂は充血した眼で知安を睨みつけた。

    「どうか拙者の意見をお聞き下され」
    だが容堂は分厚い唇をわなわなと震わせ、
    「よいか、わしはウィリス医師のイギリス医学を最高のものと信じておる。差し出がましいことを申すな!」
    そして知安と岩佐 純を手で追い払い、
    「この者どもを下がらせよ」
    と傍らに控えた藩の公用人に命じた。

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