腫瘍内科領域で取り扱われる進行癌に対する薬物療法は,主に新規の分子標的薬の登場により年毎に多彩となり治療成績は向上している。癌細胞の増殖シグナルに作用するキナーゼ阻害薬や癌微小環境に働く血管新生阻害薬などの分子標的薬は現在も広く用いられている。そして癌細胞の生物学的特徴をもたらす蛋白修飾,代謝,癌幹細胞に関わる分子や,宿主側の免疫制御分子など,新たな標的に対する薬剤の開発が進められ,特徴的な分子構造を有する薬剤が登場している。この背景には網羅的な癌ゲノム解析の進歩があり,治療がより有効な患者集団を選択するバイオマーカーの開発や,ゲノム情報に基づいた癌の個別化医療を力強く後押ししている。
癌の診断,治療のさらなる進歩のために,肺癌領域では融合遺伝子解析をセンター化して多施設の検体を集約し,その結果を各施設にフィードバックするとともに,新規の研究開発にも役立てることをめざした臨床研究プロジェクトLC-SCRUM-Japanが進められている。また大腸癌では抗EGFR抗体薬の適応を決定するために,KRAS遺伝子検査からRAS遺伝子検査への移行が準備されている。
さらに甲状腺癌の治療においては,新規分子標的薬の適正使用をめざした日本甲状腺外科学会,日本内分泌外科学会,日本臨床腫瘍学会合同の甲状腺癌診療連携プログラムが発足し,診療科を越えたチーム医療による癌診療の枠組み作りが推進されている。
進行悪性腫瘍に用いられる薬物療法は殺細胞性抗癌剤,ホルモン薬に加えて,分子標的薬がその主流となりつつあり新規薬剤の開発が進んでいる。わが国で使用されている分子標的薬の数は34(2014年8月31日現在),対象は造血器腫瘍14,肺癌6,腎癌7などである。また,海外で承認され日本で臨床試験中あるいは承認申請中が17ある1)。
癌細胞の増殖シグナルに関連するキナーゼ(受容体型チロシンキナーゼ,非受容体型チロシンキナーゼ)の阻害薬は,Ras/Raf/MAPK経路, PI3K/Akt/mTOR経路および細胞周期関連の経路の阻害薬が多く開発されている。また,その他の腫瘍細胞の生物学的特徴を標的とした薬剤(エピジェネティクス,テロメア制御,遺伝子発現,蛋白質翻訳後修飾・分解・フォールディング,分子モーター,核外輸送,アポトーシス,オートファジー,Hedgehog/Notch/Wnt経路,がん幹細胞,がん代謝,微小環境)も同じく開発されている。
薬剤分子は,抗体製剤と小分子化合物がいずれも主流である。上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor:EGFR)からのシグナルのような同一の経路を標的とした薬剤であっても,抗EGFR抗体製剤が有効である大腸癌や,EGFR分子のキナーゼ活性を阻害する小分子化合物が主に用いられる非小細胞肺癌など,疾患あるいは薬剤により治療効果の違いがみられる。
治療薬の開発には,同一の分子を標的とした薬剤の中にあって,より強い抗腫瘍活性,長い半減期,あるいは軽度の副作用などの利点を有するBest-in -classをめざすものと,新たな分子を標的としてFirst-in-classをめざした開発が同時に続けられている。抗体製剤に関しては,蛋白自体に改変を加えた薬剤が次々に登場し,治療効果を高めている。
2014年に転移性乳癌に対して保険適用となったトラスツズマブエムタンシン,再発・難治性ホジキンリンパ腫,未分化大細胞リンパ腫に対するブレンツキシマブベドチンなど,薬剤を結合した抗体製剤がいよいよ実臨床に用いられるようになった。トラスツズマブエムタンシンはこれまで乳癌治療に用いられてきた抗HER-2抗体トラスツズマブに,リンカーを介して微小管阻害薬エムタンシンを結合し,HER-2陽性腫瘍細胞で選択的に作用するため,より高い抗腫瘍活性がもたらされ,臨床試験でも効果が示されている2)。抗体分子Fc領域の改変により,細胞内エンドゾームの胎児型Fc受容体との結合を修飾することで,抗体製剤のリサイクリング経路を活性化し血中半減期を延長する試みがなされている。また抗体Fabをポリエチレングリコール(polyethylene glycol:PEG)化することで血中濃度を保つなどの技術は自己免疫疾患に対する生物学的製剤でも用いられている。さらに,同一抗体分子で2つのエピトープを認識するbi-specific抗体も製剤化されており,今後,Best-in-class薬剤の選択肢は今後さらに増すと予想される。
新規分子標的薬の開発にあたっては,有効性を予測するバイオマーカーを同定し,これに沿って治療対象を決定する方法が,良好な治療成績につながる。そのためには,患者集団を特定する診断方法と合わせた開発が欠かせない。
非小細胞肺癌においては,腫瘍増殖に強く働くドライバー遺伝子変異としてEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子が同定され,これらの遺伝子変異を有する症例に対して,その特異的阻害薬による治療はきわめて高い奏効率を示している3)。そのほかにもRET, ROS1などの融合遺伝子が複数報告されており,これらをターゲットとする分子標的薬の効果が期待されている。この融合遺伝子は近年の網羅的なゲノム解析技術の進歩により発見されたが,同時に同定された融合遺伝子を実臨床で的確に診断し治療に繋げていく仕組みである全国規模の遺伝子診断ネットワーク(Lung Cancer Genomic Screening Project for Individual Medicine:LC-SCRUM-Japan)や大腸がん新規開発遺伝子パネルを用いた全国スクリーニング(GI-SCREEN)などが推進されている。
一方で,個別化医療への移行は対象患者集団の縮小につながるため,臨床試験の実施には試験対象者の数倍のスクリーニングが必要になるという問題がある。そのため,腫瘍細胞の複数の遺伝子検査の結果により治療法を選択していくアルゴリズムをあらかじめ決定したデザインの臨床試験が実施されている。
【文献】
1) SCADS化学療法基盤支援活動 がん分子標的薬開発状況に関する情報
[https://scads.jfcr.or.jp/db/table.html]
2) Verma S, et al:N Engl J Med. 2012;367(19): 1783-91.
3) Wu YL, et al:Lancet Oncol. 2014;15(2):213-22.
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