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(21)  呼吸器外科学[特集:臨床医学の展望]

No.4740 (2015年02月28日発行) P.102

奥村明之進 (大阪大学大学院医学系研究科外科学講座呼吸器外科学教授)

登録日: 2016-09-01

最終更新日: 2017-04-11

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  • ■わが国の肺癌外科治療の現況

    日本胸部外科学会の学術調査によれば,2012年は呼吸器外科専門医制度の802の修練施設(基幹施設,関連施設)中,777施設(96.9%)において7万2899件の呼吸器外科手術が行われており,過去最大数であった1)。図1に日本胸部外科学会による呼吸器外科手術数の年次推移を示す。
    2012年の原発性肺癌に対する手術は3万5667件で増加傾向にある。CTの解像度の進歩とともに早期肺癌の発見やすりガラス陰影(ground-grass opacity:GGO, あるいはground-grass nodule:GGN)を主体とする肺胞上皮癌と高分化腺癌の検出が増加しているためと考えられる。転移性肺腫瘍に対する手術は7403件で増加傾向にある。原発性および転移性の肺悪性腫瘍の手術は4万3080件であり,全体の59%を占めている。
    日本肺癌学会,日本呼吸器学会,日本呼吸器外科学会,日本呼吸器内視鏡学会の4学会合同の肺癌登録事業による調査では,2004年に手術を受けた1万1663例全体での5年生存率は69.6%であり,1989年の手術症例での5年生存率47.8%に比して21.8%の向上を示していた2)。2004年の手術症例の病理病期による生存率曲線によると,ⅠA期では5年生存率は85.9%と良好な成績であった。
    近年,高齢者,女性,腺癌,早期肺癌の手術症例の増加が明らかになっている。

    【文献】
    1) Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery. Gen Thorac Cardiovasc Surg. 2014;62(12):734-64.
    2) Sawabata N, et al:J Thorac Oncol. 2011; 6(7):1229-35.

    TOPIC 1

    肺切除手術における近年の進歩

    (1)胸腔鏡手術

    外科治療全般における近年の進歩は内視鏡手術による低侵襲化である。呼吸器外科領域においても胸腔鏡手術(video-assisted thoracic surgery:VATS)の技術革新と導入は目覚ましく,日本胸部外科学会の2012年手術症例に対する学術調査によると,肺癌手術の66%が胸腔鏡によって行われており,標準手術である肺葉切除術も2万6079件中の1万6416件(63%)が胸腔鏡手術で行われている。胸腔鏡の普及の背景には,エネルギー・デバイスと呼ばれる,組織凝固機能と切開の機能を兼ねた手術器具の開発が大いに貢献している。
    ところでわが国では,カードサイズの小開胸で,手技的には創部から手が入らないものの直視と胸腔鏡視を同程度に併用するハイブリッド手術が独自に発展した背景があり,わが国の多くの呼吸器外科医にはこのアプローチも胸腔鏡手術とみなされており,海外との定義の違いが問題となっている。さらにわが国では,胸腔鏡をライトガイドに用いるだけの通常の開胸術に近い肺切除も,広義の胸腔鏡手術とする考え方が混在し,定義の確立は今後の課題である1)。また,胸腔鏡下の肺癌切除術の根治性に関しても懸念が指摘されてきたが,十分な検証は行われていない。胸腔鏡下の肺癌手術をめぐるこれらの諸問題に関して,2014年はいくつかの進歩がみられている。
    SwansonらのCALGB 39802前向き試験では,肺癌に対するVATS lobectomyは“one 4-to 8-cm access and two 0.5-cm port incisions that mandated videoscopic guidance and a traditional hilar dissection without rib spreading”と定義されている2)。European Society of Thoracic Surgeons(ESTS)が,胸腔鏡下肺葉切除術の世界中のエキスパート55人にアンケート調査を施行したところ,回答者の82%がこの定義に同意した3)。ただし,ESTSのアンケート調査の回答者の中にも,気管支吻合などの高度な手技では開胸器の使用を許容するという回答が18%あり,完全なコンセンサスには至っていない。
    内視鏡手術には低侵襲という大きなメリットはある一方,小さい術野からの手術手技による困難さもあり,特に肺切除手術では肺血管からの出血は致死的な結果をもたらす。日本胸部外科学会の医療安全委員会の2013年のアンケート調査では,胸腔鏡下の肺切除におけるヒヤリ・ハット事例の中で80%は出血であり,そのうちの70%が肺動脈の損傷に伴う出血であった。特に左肺上葉切除に伴うA3からの出血の頻度が高い4)
    内視鏡手術を安全に施行していくためには,術者の技術認定という考え方がある。消化器外科領域では既に始まっているものの,呼吸器外科領域ではまだ採用されておらず,若い外科医を中心に胸腔鏡手術技術認定を求める声も強くなっている。今後,胸腔鏡手術手技の標準化,指導制度の整備などの課題を解決し,環境を整える必要がある1)
    胸腔鏡手術における近年の技術的な進歩の1つには,one windowから内視鏡と複数の鉗子を挿入する,いわゆるsingle port VATSの導入がある。一部の施設では急速に適応が拡大されており,single port VATS下の区域切除術や気管支吻合術などの葉切除よりも複雑な手技の報告もある5)6)。現時点では確立した技術ではないが,今後の新たなdeviceや鉗子類開発による発展と,技術の普及および一般化が期待される。

    (2)ロボット手術

    外科治療における近年の大きな進歩はda Vinci systemによるロボット手術である。わが国では現在,保険診療でのda Vinci systemの使用は前立腺癌に対する前立腺切除のみが認可されており,肺切除は適応外である。しかし,大学病院を中心にda Vinci systemの導入が進み,自費診療あるいは校費診療でda Vinci systemによる肺切除が行われている7)
    Nasirらは,862例のロボット手術による肺切除の集計を報告している。そのうち394例に解剖学的肺切除が行われており,内訳は葉切除282例,区域切除71例で,41例が開胸術に移行した。主要な術後合併率は9.6%,術後30日以内の死亡は0.25%,術後90日以内の死亡は0.5%で,在院日数の中間値は2日,入院治療費の中間値は3万2000米ドルであった8)
    米国での2008~2010年の間のthe State Inpatient Databases(SID)を用いたデータベース研究では,3万3095例の肺切除手術が登録されており,そのうち,開胸術が2万238例,胸腔鏡手術が1万2427例,ロボット手術が430例であった。2008~2010年の間に,ロボット手術の比率は0.2%から3.4%に増加している。propensity-matched analysisでは,ロボット手術と開胸術で術後死亡率はそれぞれ0.2%と2.0%,在院日数はそれぞれ5.9日と8.2日,全合併症の発生率は43.8%と54.1%であり,どの項目もロボット手術が有意に低かった。胸腔鏡手術では,術後死亡率は1.1%,在院日数は6.3日,全合併症の発生率は45.3%で,どの項目もロボット手術より高かったが,有意差を見出せなかった9)。呼吸器外科領域によるロボット手術の意義と優位性の確立には,今後のさらなる検証が必要である。

    (3)気管挿管を使わない呼吸器手術

    近年,気管挿管を使わない麻酔下での胸腔鏡下手術が報告されている。
    技術的には,fentanylとpropofolによる自発呼吸下の全身麻酔で,皮膚切開部の局所麻酔と肋間神経ブロックを併用し,咳反射の抑制のため迷走神経をブロックし,胸腔鏡下の処置を行う手術である10)。これまでに,気胸手術,縦隔腫瘍手術,肺腫瘍に対する楔状切除,区域切除,葉切除などが行われている。気管挿管による麻酔にリスクがある症例,比較的簡単な手術手技,経験のある外科・麻酔科のチームでは肺葉切除まで適応と提案されている。ただし,循環動態が不安定,気道管理困難,肥満,胸膜癒着,6cm以上の肺腫瘍,硬膜外麻酔が難しい胸郭変形と凝固異常の合併などでは非適応とされる。今後の検証は必要であるが,適切な症例選択により,さらなる低侵襲の治療が達成される可能性もある。

    【文献】1) 奥村明之進:第31回日本呼吸器外科学会学術集会理事長報告. 2014, 東京.
    2) Swanson SJ, et al:J Clin Oncol. 2007;25(31): 4993-7.
    3) Yan TD, et al:Eur J Cardiothorac Surg. 2014; 45(4):633-9.
    4) 奥村明之進:第66回日本胸部外科学会定期学術集会医療安全講習会. 2013,仙台.
    5) Gonzalez-Rivas D, et al:J Thorac Cardiovasc Surg. 2013;145(6):1676-7.
    6) Kamiyoshihara M, et al:Ann Thorac Cardiovasc Surg. 2014 Sep 12.[Epub ahead of print]
    7) 中村廣繁:日外会誌. 2014;115(3):147-50.
    8) Nasir BS, et al:Ann Thorac Surg. 2014;98(1): 203-8.
    9) Kent M, et al:Ann Thorac Surg. 2014;97(1): 236-42.
    10) Hung M-H, et al:Ann Thorac Surg. 2014;98(6): 1998-2003.

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