寛政5(1793)年4月11日の夜ふけ、怒りが頂点に達した玄白は玄真を書斎に呼びつけた。
「おまえにはいたく失望させられた。おまえの行状は本能のままに動く禽獣そのものだ。禽獣をわが家におけば、この老いの身に1日たりとも安らかな境地は得られぬ」。玄白は低く押し殺した声でいった。
「今夜を限りに、おまえとは義父子の縁を切る。だが身内のもめごとゆえ、内々にすませたい。おまえに預けた学費は残らず置いて、明朝、人目に付かぬよう、ここを立ち去れ!」
有無をいわさぬ宣告だった。玄真は闇夜に辻斬りに遭ったように真っ青になって身をふるわせた。翌朝、まだ暗いうちに玄真は風呂敷包みを下げ、天真楼の裏口から悄然と出ていった。
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「そのような次第で、わしは玄真をわが家から追放したのじゃ」
破門にいたった顚末を語りおえた玄白の頰には深い疲労の皺が刻み込まれていた。それまでじっと耳を傾けてきいていた玄沢は、やや口籠って玄白にいった。
「じつは、その玄真はいま手前の家に転がり込んで眠っております」
「なんじゃと?」
玄白の細い目が吊りあがった。
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