災害時の避難環境,すなわち密集状態での不動化や脱水状態が深部静脈血栓症(DVT)の要因となる
災害後のDVT検診は,重症例や肺血栓塞栓症(PTE)の検出だけでなく,重症化予防の目的で行われる
DVT既往者には長期にわたり脳心血管障害のリスクがある
弾性ストッキング着用は高リスク者のDVT予防と治療効果が期待される
被災地での抗凝固療法には,用量コントロールの不要なDOACが有用である
エコノミークラス症候群として知られる静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)は,深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)と(多くは)それに起因する肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)を合わせた疾患概念である。2004年の新潟県中越地震で車中泊者にPTEによる死亡者が3人いたことが大きく報道され,2016年の熊本地震において51人がVTEで入院し(熊本県庁ホームページより),うち1人が死亡したことから,改めて災害時におけるVTEが注目を集めることになった。
災害時におけるVTEは1995年の阪神・淡路大震災でも発生していたことが報告されていることから1),過去多くの災害でVTEが発症していたと推測される。VTEの1つの要素であるDVTは下肢に限らず,体幹部,上肢の静脈にも起こりうるが,本稿では被災地で起こっていた下肢静脈のDVTと,それに起因するPTEを災害時のエコノミークラス症候群として解説する。
下肢のDVTの症状としては,下肢(多くは下腿)の持続する疼痛や,腫脹,発赤,浮腫などが挙げられるが,いずれもDVTに特異的な症状ではない。ただし,これらを訴えて受診した場合は,必ず鑑別疾患にDVTを入れておくことが必要である。PTEは低酸素血症と肺動脈圧亢進,および心不全と,程度によって重篤度に幅があり,その症状は,息切れ,めまい,意識障害,胸部重苦感,胸痛などがある。発症後短時間で心停止に至る例もあり,迅速な診断と処置が求められる。しかし,症状を伴わないDVTやPTE症例があることも多くの医療者が経験するところである。たとえば被災地での下肢エコー検査で検出されたDVTのほとんどは無症状であり,また,避難所では身体を動かさないために息切れを訴えなかったPTE症例もあった。
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