【Q】
以下のような症状について,原因疾患や治療方針を。
主訴:るい痩(5カ月間で8kg減少),腹部膨満感,脳貧血感(食事中〜食後)
併発症状:皮膚乾燥皺の増加,脱毛傾向,咽頭および眼瞼の刺激感,自律神経失調症状(動悸,息切れなど)
血圧:110〜80/80〜60mmHg
既往歴:約30年前に三叉神経痛,数カ月前に胸椎圧迫骨折
検査:胃,大腸内視鏡異常なし(ただし蠕動亢進あり)
血液化学系(腫瘍マーカー,TSH系,下垂体系,副腎系,婦人科系ホルモン,HbA1c)異常なし
栄養状態は正常
腹部CT:膵微小嚢胞,頭部および頸椎(MRI)異常なし
生活歴:ストレスの多い生活
処方歴:β遮断薬,H2受容体拮抗薬,自律神経薬,睡眠薬など効果なし
(東京都 S)
【A】
体重減少,るい痩の鑑別で内科疾患が否定された場合,うつ病を疑って治療を行ってみる
本例は,ストレスの多い60歳代女性が体重減少,るい痩を来した例であるが,消化器系の悪性腫瘍は内視鏡検査や腹部CTの結果から否定的であり,糖尿病の悪化,アジソン病,甲状腺機能亢進症などの内分泌疾患も,ホルモン値やHbA1c値が正常であることから否定される。また,COPDや関節リウマチなどの膠原病や結核などの感染症をうかがわせる症状もないことから,これらも否定してよいと思われる。
食後低血圧や起立性低血圧を伴っている場合は,シャイ・ドレーガー病,パーキンソン病,自律神経障害を伴う神経疾患を除外しなければならない。嚥下障害を来す神経疾患の脳血管障害,アルツハイマー病は脳MRIから除外される。
また,胸椎圧迫骨折後に上記症状が出現しているが,疼痛が原因で食欲が落ちたのではないと思われる。体重減少を来す薬剤も服用していないようである。
これらの内科疾患が否定された場合は,自律神経失調症状や咽頭の刺激感などを伴うことから,まずうつ病を疑いたい。動悸,息切れなどの症状が強い不安性の発作を伴っている場合はパニック障害も考えられる。腹部膨満感については過敏性腸症候群の可能性も考える。眼瞼の刺激感は,シェーグレン症候群を否定しなければならないが,ストレスから来るドライアイを疑わせる。
うつ病の中で,①抑うつ気分,②興味または喜びの喪失,③著しい体重減少(増加)または食欲低下,④不眠,⑤精神運動性の焦燥または制止,⑥易疲労感または気力の減退,⑦無価値感または罪責感,⑧思考力や集中力の減退,⑨死についての反復思考,自殺念慮,自殺企図,の9症状のうち,5つ以上の症状が2週間以上続き,著しい苦痛や社会的な機能障害を伴う場合は,大うつ病と診断される。5つ未満の場合は小うつ病となる。
うつ病では身体症状を伴うことがあり,体重減少が58〜74%,睡眠障害が82〜100%,疲労・倦怠感が54〜92%,動悸が38〜59%,めまいが27〜70%,呼吸困難感(息切れ)が9〜77%,疼痛が25〜39%に見られる1)。うつ病は体重減少の鑑別疾患の1つとして重要である。
本例では抑うつ気分,不眠や興味の喪失,易疲労感,自殺念慮などについて,さらに問診する必要がある。
パニック障害は,突然の激しい動悸や発汗,頻脈,息苦しさ,胸部の不快感,めまいなどの体の異常とともに,“このままでは死んでしまう”というような強い不安性の発作が起こる。この発作は10分程度から長くても1時間以内には治まる。パニック障害では,その発作が再発するのではないかと恐れる「予期不安」や“症状が生じた時に逃れられない”という不安感のために,家に閉じこもりがちになる「広場恐怖症」が生じる。
自律神経失調症は,日本心身医学会の定義では「種々の自律神経系の不定愁訴を有し,臨床検査では器質的病変が認められず,かつ顕著な精神障害のないもの」とされているが,『精神障害の診断と統計の手引き』(diagnostic and statistical manual of mental disorders ;DSM)では定義されておらず,疾患名としては疑問視する考え方もある。実際にはうつ病,パニック障害,過敏性腸症候群や身体表現性障害などに伴う症状であることが多い。
まず,患者の愁訴を傾聴することが大切である。その後に内科的な病気がないことと,うつ病は「心の風邪」であり,治療で治ることが多いことを説明する。また,薬の正確な服用,途中で休薬しないことの重要さも指導する。そして,症状が軽快するまで時間がかかると説明する。さらに,治療中に自殺しないと誓約させる。
①心理療法
心理療法(精神療法)として,海外では,うつ病やパニック障害に対して認知行動療法が行われることが多い。パニック障害に対する認知行動療法では「恐れている状況への曝露」「身体感覚についての解釈の再構築」「呼吸法」などの訓練が行われ,不安に立ち向かう練習を行う。我が国では,認知行動療法の考え方を取り入れた心理療法が行われることが多い。
②運動療法
最近は運動療法も,うつ症状に有効であることがコクランデータベースで示されている2)。また,運動療法の効果は,心理療法,薬物療法の効果と同様である。
③薬物療法
心理療法などの効果がない場合は抗うつ薬の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors;SSRI),セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin & noradrenaline reuptake inhibitors;SNRI),ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(noradrenergic and specific serotonergic antidepressant;NaSSA)を用いる。
不安や焦燥感が強い場合はSSRIを用いる3)。本例でもまず,SSRIの投与を試みたい。SSRIにはパロキセチン(パキシルⓇ),フルボキサミン(ルボックスⓇ,デプロメールⓇ),セルトラリン(ジェイゾロフトⓇ),エスシタロプラム(レクサプロⓇ)が知られている。SSRIは,三環系抗うつ薬(tricyclic antidepressants;TCA)より口渇,不整脈,起立性低血圧などの副作用が少ないので使いやすい。
SSRIは少量で開始し,1週間以上かけて慎重に増量する。SSRIは投与開始後の1〜2週間に,悪心,嘔吐,不安,焦燥,不眠といった症状が出現する場合があるが,投与の継続で消失する場合が多いので,あらかじめ患者に説明しておく。また,急に服薬をやめると頭痛やめまいなどの離脱症状が発現することがあるので注意を要する。効果発現までに約2週間を要するため,抗不安薬を併用するのが一般的である。
NaSSAのミルタザピン(リフレックスⓇ,レメロンⓇ)は,SSRIやSNRIと異なり,モノアミントランスポーター部位の阻害作用がないが,α2自己受容体に対する阻害作用と5–HT2A受容体,5–HT2C受容体,5–HT3受容体拮抗作用を有する3)。効果の発現まで約1週間と比較的早いため,不眠や食欲低下,体重減少に対して効果が期待できる。したがって,体重減少の著しい本例では,NaSSAの投与も,もう1つの選択肢である。
上記の薬剤で効果が見られない場合や自殺念慮が著しい場合には,精神科に紹介する。
1)川上富美郎:Clin Neurosci. 1997;15(9):1020-1.
2)Cooney GM, et al:Exercise for depression. 2013;doi:10. 1002/14651858. CD004366. Pub6.
3)中村 純 編:抗うつ薬プラクティカルガイド. 中外医学社, 2011, p1.