この1年,臨床医学領域ではiPS細胞の実用化に向けた研究が加速され,多方面での発展が見られている。特に,加齢黄斑変性(age -related macular degeneration;AMD)に対するiPS細胞による再生医療の実施が認可されたことで,体性幹細胞を用いた治療とともに再生医療への関心が一層高まってきた。
遺伝子医学の領域にも着実な進歩が見られ,個人の全ゲノム解析が容易となり,遺伝的疾患の診断への応用によって,従来の遺伝子検査を上回る成績を得てきている1)。
このほか2012年末に,国際的疾病負担の研究(global burden of disease trial)が報告され,1990~2010年の20年間における世界各国の疾病・死因・寿命などの推移が明らかにされた2)。日本の健康寿命は世界一であり,それを維持するため,生活習慣病の発症予防と治療に関する研究に今後も変わらず力を入れていく必要がある。
一方,臨床医学で重要な位置を占める日本の大規模臨床試験(randomized controlled trial;RCT)のデータに捏造が発覚し,日本の臨床医学への信用が失墜したことは真に残念である。
山中伸弥京都大学教授がiPS細胞を発見しノーベル医学・生理学賞を受賞されてから約1年が経過した。この間,iPS細胞の実用化に向けた研究が国家プロジェクトとして進められ,種々の領域で輝かしい効果を見せている。発生生物学的研究領域ではHayashiら3)がES細胞やiPS細胞を用いた生殖細胞の形成機構の研究で,マウスを用いて培養皿上で精子と卵子を作成し,試験管内受精によって健常なマウスの産出に成功している。
疾病の発症機構に関する研究では,既に筋萎縮性側索硬化症やデュシェンヌ型筋ジストロフィー,パーキンソン病,アルツハイマー病といった患者からiPS細胞が樹立され,治療法の開発へと研究が進められている。
社会的に注目されている再生医療への応用に関しては,理化学研究所の万代ら4)により滲出型AMDへのiPS細胞由来色素上皮シート移植の登録が開始された。効果とともに,安全性に重点が置かれている。他臓器の移植に関しても準備が進められているが,iPS細胞だけを注入しても生着せず,シート化したり,臓器をまるごと再生する試みがなされている5)。
iPS細胞やES細胞のほか,従来行われてきた体性幹細胞を用いた再生医療の臨床研究に加え,先進医療および医師主導治験が開始されている。患者の角膜や口腔粘膜を用いて作成した培養上皮細胞シートを用いた角膜移植や,心不全に対する筋芽細胞シート移植,膵島移植のほか,脳梗塞患者への自家培養骨髄間葉系幹細胞の静脈内投与療法や肝硬変患者への自己骨髄幹細胞投与療法などが行われている。
この1年間の主なTOPICS
TOPIC 1 大きく飛躍する再生医療
山中伸弥教授のノーベル医学・生理学賞受賞から約1年が経過し,iPS細胞の実用化促進とともに,iPS/ES細胞および幹細胞を用いた再生医療が躍進した。
TOPIC 2 治療抵抗性高血圧に対する腎交感神経焼灼術の 長期効果が証明
治療抵抗性高血圧に対する腎交感神経焼灼術の術後経過が36カ月間観察され,その効果の持続性と安全性が証明された。
TOPIC 3 日本の大規模臨床試験の信用の失墜
アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)のバルサルタンを用いたRCTで,データの捏造が発覚。Lancet誌などへの論文掲載が撤回され,日本の臨床研究の信用が失墜した。
2010年にEslerら6)が,利尿薬を含めた3剤以上の降圧薬を投与しても,140/90 mmHg未満に降圧しない治療抵抗性高血圧患者の新規治療法として,腎交感神経焼灼術を発表した。大腿動脈からカテーテルを挿入し,腎動脈の内側から外膜に侵入する腎神経束だけを焼灼する方法(両側の腎動脈に施行)で処置された141名の収縮期血圧(SBP)は,6カ月後22.1~15.7(平均値18.9)mmHg低下し,拡張期血圧(DBP)は14.4~7.4(平均値10.2)mmHg低下したと報告した。
今回の研究では,処置を受けた患者のうち同意が得られた111名が,36カ月後まで経過観察され,降圧効果と安全性が評価された7)。36カ月後に目的通りデータが得られたのは88名で,血圧は処置後36カ月の時点で175/98(SD16/14)mmHgから,SBPは32.0 mmHg,DBPは14.4mmHg低下していた。eGFRは83.6(SD19.7)から74.3(SD28.0)mL/分/1.73m2へと軽度低下したが,安全性に大きな問題はなく,長期間にわたって効果が持続する優れた治療法であることが証明された。
Eslerらの報告後,世界各国で腎交感神経焼灼術が追試され同様の効果が報告されている。最近,Ottら8)は中等度の治療抵抗性高血圧患者に実施し,携帯型自動血圧計を用いて24時間にわたり血圧を測定したところ,安定した降圧が見られ,中等度の治療抵抗性高血圧患者にも有用であることを示した。
近年,日本でも各診療領域において,多くのRCTが実施されるようになった。このようなRCTは,通常,未だエビデンスの乏しい治療薬などの効果や副作用を正しく知るために実施される場合が多く,臨床医学領域ではきわめて重要な研究である。その結果は日常診療に大きな影響を与えるため,研究の計画や遂行は各領域の学会主導で行われることが望まれる。
RCTの急速な普及は,厚生労働省健康政策局に設置された「医療技術評価推進検討会」の報告(1998年)以降である。この検討会で日本の医療レベル向上のため,それまでの経験的医療から,evidence based medicine(EBM)を中心とする医療への転換が求められた。EBMの普及のためには,各診療領域で日本人のエビデンスに基づく診療ガイドラインを作成し,それに従って診療するのが良いとされた。この報告を受けて日本高血圧学会では,『高血圧治療ガイドライン』(2000年版)を作成した。その際に,信頼性の高い日本人のエビデンスが乏しいことを知り,学会が後援することでいくつかのRCTが行われることとなった。
最初に実施されたアンジオテンシンⅡ受容体括抗薬(angiotensinⅡ receptor blocker:ARB)のカンデサルタンとCa拮抗薬のアムロジピンの効果を比較したCASE-J Trialは,京都大学のEBMセンターが事務局となって実施した日本のRCTの手本となる研究で,両薬剤の効果と安全性に大差はないことが発表された。この時,同じ学会場で発表されたのが,学会とは関係のない,ARBのバルサルタンとCa拮抗薬やACE阻害薬の効果が比較された,今回問題となったJikei Heart Studyである。この試験では,バルサルタンが脳卒中,心不全,狭心症などの発症をCa拮抗薬などよりも有意に抑制したと報告され,その結果がLancet誌に掲載された。CASE-J Trialと類似した研究で,これだけの差が生じたことに疑いが持たれたが,真相は解明されず,今回その原因が明らかになった次第である。
以上の経過のように,RCTの実施責任者および運営委員会は,RCTを実施する意義を正しく認識し,しっかりとしたエビデンスを示さなければならない。本来このような研究は国が支援して実施すべきと考えるが,財政的な問題も含めて余裕がないならば,学会に正式に委託して実施すべきと考える。
今回,ARBのバルサルタンを用いたRCT問題で,日本の臨床医学が失った信用は大きく,RCTの実施体制を再検討し,信用を回復させることが求められている。
◉文 献
1)Yang Y, et al:N Engl J Med. 2013; 369(16): 1502-11.
2)Solomon JA , et al:Lancet. 2012;380 (9859):2144-62.
3)Hayashi K, et al: Science. 2012;338 (6109):971-5.
4)万代道子, 他:日医雑誌. 2013;142(4):781-5.
5)Matsunari H, et al:Proc Natl Acad Sci USA. 2013;110(12):4557-62.
6)Esler MD, et al:Lancet. 2010; 376 (9756):1903-9.
7)Krum H, et al:Lancet. 2013; doi:10. 1016/S0140-6736(13)62192-3. [Equb ahead of print]
8)Ott C,et al:J AM Coll Vardiol. 2013;62 (20):1880-6.