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監修のことば─外科系[特集:臨床医学の展望2014]

No.4684 (2014年02月01日発行) P.26

武藤徹一郎 (がん研究会理事・メディカルディレクター)

登録日: 2014-02-01

最終更新日: 2017-09-25

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今や,我が国は2人に1人ががんになり,3人に1人ががんで死ぬというがん大国であり,がんによる死亡数は年々増加している。しかし,年齢調整した死亡率を見ると,ほとんどのがんは低下傾向にある。要するに,高齢者が増加したためがんによる死亡数も増加しているのであり,がん死亡の増加は長寿国の宿命である,と覚悟を決めなければならないのかもしれない。

かつては,がん告知はタブー視されたが,昨今では当たり前のことであり,メディアの報道のおかげもあって,国民にとってがんは普通の病(やまい)となってきた。さらに,がん医療には医療経済も含めて複雑な問題が関与することも特徴のひとつと言ってよい。

我が国のがん医療は手術以外でも外科医が関与する場面が少なくない。そこで,本稿では手術とは直接関係はないが,がん医療に深く関わっており,外科医が関与することの多い3つの課題を選出した。

Oncologic Emergency

がん患者の増加に伴い,がん,あるいはがん治療に関連して,発症後数時間から数日以内に非可逆的な機能障害を発生し,致命的となる病態に遭遇する機会が多くなった。この病態をoncologic emergency(OE)と呼ぶ1)。OEは“がん救急”とも訳され,その領域は循環器系,呼吸器系,消化器系,尿路系,神経・精神系,代謝・凝固異常など多岐にわたり,これらの病態が複雑に混在して認められることも少なくない(表1)。



さらに,がん治療に関連して起こる腫瘍崩壊症候群(tumor lysis syndrome),骨髄抑制,抗腫瘍薬によるemergencyもある。がんに起因するOEはがんの浸潤や遠隔転移例に生じることが多く,多臓器不全を起こしているかあるいはその寸前の状態であることが少なくない。したがって,迅速な診断のもとに救急治療を行うことが肝要であり,治療に成功すればがんに対する積極的な治療も可能になるため,患者の生命予後の改善につながる可能性も生まれてくる。

OEの代表的な病態として①上大静脈症候群(superior vena cava syndrome;SVCS),②心タンポナーデ(cardiac tamponade),③脊髄圧迫,④高カルシウム血症,⑤腫瘍崩壊症候群,などが挙げられており,これらはいずれも迅速な対応を要する2)。がんの治療中に発生したOEは病院の担当医師に診てもらうことが理想的であるが,それが常に可能とは限らない。腫瘍医のみならず一般の救急医や総合医もOEの病態があることを念頭に置いて日常診療に当たることが肝要である。各病態の各論については誌面の関係で省略したが,詳しくは文献を参照されたい1)2)

この1年間の主なTOPICS

TOPIC 1 Oncologic Emergency
がんの罹患率,死亡率の増加に伴い,がんと直接関係したり,がん治療に関連した救急治療を要するoncologic emergencyが増加してきた。しかし,適切かつ積極的な治療を行うことができるようになり,延命も可能となった。

TOPIC 2 ‌血液中の微量がん細胞検出
様々な技術の進歩によって,血中を浮遊するがん細胞が正確に測定可能になり,予後判定や治療効果判定のバイオマーカーとしての利用価値が注目を集めている。CTCのみならずcirculating micro RNAなど様々な微量物質が血流中から同定されるようになっており,治療効果判定のバイオマーカーとして利用されつつある。

TOPIC 3 医療経済とQALY
限りある医療費の中で医療の質を適正に保つには,医療経済を正しく理解する必要がある。医療における費用対効果を評価する方法に質調整生存年(QALY)という概念がある。「完全に健康な状態で1年間生存した場合」を1QALYとし,生存を長さと質の2次元で評価する指標である。質(QOL)も導入された新しい考え方であり,化学療法の効果判定の比較に利用されるようになるであろう。

血液中の微量がん細胞検出

がんが致命的となる最大の原因は,血行性遠隔転移が生じることである。原発巣からがん細胞が遊離して多臓器に転移を形成するまでの過程は非常に複雑であり,未だに全過程がよく解明されてはいない。確実なことは,がん細胞が転移形成の一時期に血中を流れているということであるが,この病態をはっきりと把握することはかつては不可能であった。しかし,技術の進歩のおかげで,血中を浮遊するがん細胞を証明することが可能になってくると同時に,この領域の知見が飛躍的に増加した。血中を浮遊するがん細胞は血中循環がん細胞(circulating tumor cell;CTC)と呼ばれ,がんのバイオマーカーとして最近注目されている3)。このようながん細胞の血管内への浸潤・転移は,比較的早期に起こることも明らかとなってきた。

CTCは末梢血7.5mL当たり1個のオーダーで測定可能であり,その数の多少によって予後判定に利用できたり,化学療法の効果判定に用いうるなど,バイオマーカーとしての広い用途が期待されている4)。また,CTCのほかに血中の様々な微量物質の検出も可能になり,がん診療の場で利用されることが多くなってきた。その例としてcirculating micro RNA,エクソソーム,骨髄中に存在する微量がん細胞(disseminated tumor cell;DTC)などがあり,いずれもがん転移,予後判定のバイオマーカーとしての研究が盛んに行われている。これらリキッドバイオプシーと呼ばれるバイオマーカーは,今後のがん研究の中で注目に値する分野となるであろう。

医療経済とQALY

近年,高額な薬剤,新しい医療機器の登場,さらには自己負担率の増大のために患者の医療費負担も増大傾向にあり,治療効果と経済負担,QOLへの影響などを含めた総合的臨床評価が求められるようになってきた5)。医療経済評価の目的は「限りある資源を有効に使うこと」であり,投資(費用)と結果(健康アウトカム)を同時に評価する,すなわち結果が投資した額に見合うかどうかを評価するものである。

医療における費用対効果を評価する方法に質調整生存年(quality-adjusted life year;QALY)という概念がある6)。「完全に健康な状態で1年間生存した場合」を1QALYとし,生存を長さと質の2次元で評価する指標である。QOLを縦軸に,1を完全な健康,0を死亡とし,生存期間を横軸に取り患者の経過を示す線を引くと,その線の下にあたる部分の面積がQALYとなる(図1)7)。がん患者に対するAの治療法とBの治療法の効果を比較する場合,腫瘍の縮小率,生存率のみを指標にして比較されることが多いが,QALYを用いることでQOLも考慮に入れた比較が可能であり,近年,欧米ではこの指標が用いられることが多い。



また,新しい治療法による追加的な効果として,1QALYを得るために追加費用がいくらかかるかを示したものに,「増分費用効果比」(incremental cost effectiveness ratio;ICER)がある。ICERは,その治療費が妥当なものであるかを判断したり,効果が同等とされる複数の治療法を比較したりする際に有用な指標となる。このICERは欧米では新薬承認の指標として用いられており,1QALY当たり米国では5~10万ドル(500~1000万円),英国では2~3万ポンド(300~450万円)がボーダーと見なされていて,これらの値を上回った場合に,費用対効果は不良と見なされ新薬として承認されないことになる。

しかし,このような評価の仕方は医療の質の低下と常に背中合わせであり,倫理問題も含めて,どこに線を引くかについては慎重な配慮が必要である8)。ただ,我が国においてはQALYの概念がほとんど注目されておらず,医療経済の面からもこのような費用対効果の考え方を,医療の現場に適正に導入することが肝要であろう。

◉文 献

1)田中宏典, 他:成人病と生活習慣病. 2013;43 (4):435-9.

2)McCurdy MT, et al:Crit Care Med. 2012;40 (7):2212-22.

3)蔵重淳二, 他:癌と化療. 2013;40(9):1157-61.

4)松阪 諭, 他:大腸癌Frontier. 2011;5(1):14 -9.

5)猪股雅史, 他:大腸癌Frontier. 2011;4(4):342 -6.

6)池田俊也:癌と化療. 2013;40(8):967-70.

7)石黒めぐみ, 他:臨外. 2011;66(5):570-6.

8)齋藤信也, 他:薬剤疫. 2012;17(1):967-70.

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