【Q】
DSM–5への改訂によりアスペルガー症候群は自閉症スペクトラム障害に含まれることになった。これにより,従来であればアスペルガー症候群と診断されていた人が見逃される可能性はないか。あるとしたらどのような人か。そのような人への対応も併せて。
(東京都 S)
【A】
DSM–ⅣやICD–10で広汎性発達障害と診断された人のほとんどはDSM–5では自閉症スペクトラム障害と診断される
国際的診断基準であるDSMやICDでは,「アスペルガー症候群」(DSMではアスペルガー障害)は自閉症などとともに,広汎性発達障害(PDD)という大カテゴリーの下に独立した下位診断として位置づけられていた。今回改訂されたDSM–51)では,PDDは自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder;ASD)というカテゴリーに変わり,複数の下位診断カテゴリーが吸収合併された結果,アスペルガー障害という診断名はなくなった。
この改訂自体は,診断概念の妥当性をめぐる研究の流れからは当然の結果と考えられるが,ドラフトが公表されて以来,当事者だけでなく専門家の間でも大きな反響を呼び,批判がなされてきたところである。米国における診断名がもたらすサービス取得事情への影響は日本のそれとは異なり,現時点ではまだ不明なところが多いので,日本の臨床現場で実際にどのような影響が生じるかは,今後注意深く運用の動向を見守る必要がある。
純粋に診断レベルでシミュレーションを行うと,予想通り,DSM–5のASD診断は従来のDSM–Ⅳ,DSM–Ⅳ–TRやICD–10の時と比べて特異度は向上するが感度は低くなるようである2)3)。 平均知能の成人に限ると,ICD–10でアスペルガー症候群と診断された人がDSM–5でASDと診断される確率は,自閉症だった人がASDと診断される確率と変わらなかった3)。
DSM–5でASD診断がつかなくなった人は,自閉症状の数や程度が自閉症やアスペルガー症候群の基準を下回っていた人〔特定不能の広汎性発達障害(pervasive developmental disorder-not otherwise specified;PDD–NOS)あるいは非定型自閉症〕である可能性が高いと予測される。PDD–NOSという診断単位は,その曖昧さから妥当性が疑問視されていたので,この結果は驚くものではない。ただ,臨床現場で多用される傾向のあったアスペルガー症候群診断は,厳密に基準を適用するとPDD–NOSであったことも指摘しておきたい。
DSM–5では,新しい概念の導入がある。1つは,「対人(語用的)コミュニケーション障害」〔social(pragmatic)communication disorder;SCD〕という診断カテゴリー,もう1つは,重症度判定の導入である。ASD診断を下回ってしまう人の一部には,SCDに該当するケースもあるだろう。
重症度に関する特定項目(specifier)は,各人の対人コミュニケーション領域と限定的反復行動領域のそれぞれについて,レベル1からレベル3までの重症度で判断することを求めている。これを適用するには,日常生活の困難を丁寧に聴き取ったり,診察場面での会話や行動を観察することが必要となるので,より個人のニーズに応じた対応が可能になると思われる。このような量的な症状把握は,患者にとってもスペクトラム性4)という観点(図1)からの自己理解を促し,より肯定的な自己評価につながる可能性も秘めていると思われる。
精神や発達の障害についての議論の中には,エビデンスに基づくものではなく,診断名をめぐるネガティブなイメージやスティグマが潜んでいることも忘れてはならない。海外で行われた意識調査であるが,医療や教育の専門家の中にも,アスペルガー症候群よりも自閉症に対してより強いスティグマがあることを指摘している5)。このことと,アスペルガー症候群の診断名がなくなることへの抵抗感は無関係ではないだろう。ただし,アスペルガー症候群という診断名が受け入れやすいということは,必ずしも,彼らの普通ではない行動が社会に偏見を持たれず受け入れられることを意味してはいないことも心にとどめておく必要がある6)。
●文 献
1) American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 5th edition(DSM-5). American Psychiatric Publishing, 2013, p50.
2) Huerta M, et al:Am J Psychiatry. 2012;169 (10):1056-64.
3) Wilson CE, et al:J Autism Dev Disord. 2013; 43(11):2515-25.
4) 神尾陽子, 他:最新医学. 2013;68(9):2080-7.
5) Kite DM, et al:J Autism Dev Disord. 2013;43 (7):1692-700.
6) Butler RC, et al:J Autism Dev Disord. 2011;41 (6):741-9.
7) Kamio Y, et al:Acta Psychiatr Scand. 2013;128 (1):45-53.