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松本良順(17)[連載小説「群星光芒」301]

No.4891 (2018年01月20日発行) P.68

篠田達明

登録日: 2018-01-20

最終更新日: 2018-01-16

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  • 「今春、洋方医が大同団結して全国医師大会を開くことになりました」

    そう言ってきたのは陸軍軍医部でわしの部下だった石黒忠悳である。

    「大会の名称は『日本聯合医学会』(第1回日本医学会総会)、発起人は岩佐 純、橋本綱常、伊東方成、戸塚文海、高木兼寛、長與專齋、佐藤 進、長谷川 泰といった古参の面々です」。そこで石黒はわしに頼んだ。

    「良順さんにはぜひとも特別記念講演をお願いします」

    第1回大会は東京で開催することになり、第1会場を京橋区木挽町の厚生館、第2会場は神田区一ツ橋外の帝国大学講義室が当てられた。

    明治23(1890)年4月1日、発会式が厚生館で開かれ、壇上に上ると満堂を揺るがす盛大な拍手が沸き起こった。わしは熱気に溢れる場内を見回しながらゆっくり喋った。

    「今を去る80年前、不世出の逸材であられた前野良沢、杉田玄白両先達が蘭方発展のために蘭語の解剖書『ターヘル・アナトミア』を訳そうと決心なされた。1冊の辞書もなく絵図の符合を頼りに横文字の解釈にとりかかり、想像を絶する苦心の末、ついに『解体新書』5巻を刊行された。ここに蘭学階梯の道を拓く偉業が成し遂げられ、わが国の近代文化が芽生えるきっかけとなったのである」

    つづいて洋方医の歴史を1時間ほどじっくりと語った。

    「明治維新はあたかも西郷隆盛、坂本龍馬ら志士の活躍によって成就された如き感があるが、その土台は前野・杉田両先達を受け継ぐ大槻玄沢、高野長英、緒方洪庵、佐藤泰然ら蘭方・蘭学者の万難を排する苦闘なくして維新の革命は成し得なかった。武力改革を薩長土肥の下級武士が担ったとすれば、文明開化を支えたのは広く世界の情勢を汲みとった先覚医人の渝ざる志と不屈の魂と精神に依るのである」

    終わって降壇するも万雷の拍手鳴りやまず、大いに面目をほどこした。

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