(岩手県 H)
抗インフルエンザ薬の臨床効果として,罹病期間の短縮,入院率や合併症発症率の低下,コミュニティー内の流行の減少といったことが確認されています。これらのことから,診断されたすべての患者に抗インフルエンザ薬を投与する必要はありません。特に罹患患者が無熱であることは,強い免疫反応を起こしていない,あるいは自然免疫が強くウイルス量も少ないことが想定されます。また,無熱のインフルエンザ患者における抗インフルエンザ薬の効果を検討した報告はありません。しかし,わが国において,迅速診断や抗ウイルス薬の使用により,インフルエンザA(H1N1)pdm09での死亡例が海外に比べ極端に少なかったことを鑑みると,無熱のインフルエンザ抗原(+)の患者においても,重症化が見込まれる場合は,入院率や合併症発症率を低下させるため,抗インフルエンザ薬を投与すべきです。家庭内やコミュニティー内の流行の減少目的で処方する際は,個々の患者の環境をよく吟味し,投与を決定します。
インフルエンザにおいて重症化を起こす合併症は,急性肺炎,急性脳症,心筋炎などが主体です。H1N1pdm09の重症例の解析でも,頻度の差はありますが,重症例のほとんどは,急性肺炎,急性脳症,心筋炎でした1)。ウイルス側の変異により合併症の割合が大きく異なることがあるため,流行時には情報収集を行い,流行株の特徴をふまえた警戒が必要です。重症肺炎,neurovirulenceや心毒性が高いウイルスが流行する可能性もあります。
インフルエンザの重症化は気管支喘息等の呼吸器疾患,狭心症等の循環器疾患,糖尿病,腎不全,免疫不全症(免疫抑制薬による免疫低下も含む)などの患者で起こりやすくなります。H1N1pdm09では,季節型に比べ妊婦(妊娠後も含む)や肥満者(BMI≧40)で高リスクでした2)。また,重度の低酸素血症を呈するインフルエンザによるびまん性間質性浸潤を伴う一次性肺炎は,パンデミックを除けば慢性肺疾患あるいは心臓弁膜症,肺血管異常症において起こるため,無熱のインフルエンザ抗原(+)の患者でもこういった基礎疾患のある場合,抗インフルエンザ薬は投与すべきです。
特に,服用が必要なのは高齢者です。抵抗力の弱い高齢者では重症化することが多く,死亡率も高くなります。季節型では入院症例の90%が65歳以上です。高齢者の特徴として,細菌の二次感染による肺炎,気管支炎,慢性気管支炎の増悪,気管支喘息,誤嚥性肺炎がしばしば起こり重篤化します。抗ウイルス薬の服用は細菌の二次感染の誘導抑制効果も望めます。細菌の二次感染はインフルエンザ感染後の粘膜線毛系のクリアランス低下,好中球やマクロファージの機能低下により発症するので,下気道でのウイルスの増殖を低下させておくことで,抑制効果を上げられるためです。
一方,小児では,無熱で中耳炎や嘔気,嘔吐といった非特異症状しか示さないことも多くあります。統計的には,2歳以下は罹患すると重症化しやすく,1000人に2~3人は入院となります。2003~4年の米国では153人の小児が死亡し,特に6カ月以下で高率であったとされます。この中で,47%は特に基礎疾患が指摘されていません3)。インフルエンザ脳症や脳症以外の中枢神経の合併症も成人よりも小児に多いことなどから,絶対的な適応ではありませんが,2歳以下の小児では無熱であっても処方することが多くなります。
また,幼小児では,年長児や成人よりウイルス排泄期間は長く,感染源としても重要です。そのため,無熱のインフルエンザであっても登校停止期間は同様に判断する必要があります。
【文献】
1) Okumura A, et al:Emerg Infect Dis. 2011;17 (11):1993-2000.
2) Louie JK, et al:N Engl J Med. 2010;362(1):27-35.
3) Bhat N, et al:N Engl J Med. 2005;353(24): 2559-67.
【回答者】
河島尚志 東京医科大学小児科学分野主任教授
森地振一郎 東京医科大学小児科学分野