□赤痢アメーバ症は,病原性腸管寄生原虫の赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)による感染症だが,無症候性感染が少なくないため「症状の有無にかかわらず赤痢アメーバが感染した状態」を赤痢アメーバ症(amebiasis)と定義している1)。
□感染症法では,amebic dysenteryに対応する和訳「アメーバ赤痢」が本来の腸アメーバ症の病型を示す意味とは異なる腸管内外の病変を含めた広義のamebiasisの意味で使用されている。本稿では混乱を避けるために,amebiasisを「赤痢アメーバ症」と表記し,以後「アメーバ赤痢」はamebic dysenteryの意味で使用する。
□アメーバ赤痢は,感染症法の5類全数把握疾患である。年間報告数は,近年では1000件を超え(IDWR:2014年52週1120件),臨床において最も遭遇することの多い原虫疾患である。男性症例は報告件数の約8割を占めるが,女性においても本症は増加傾向にあり,また国内感染例とともに帰国者下痢症例も報告されている。死亡率は0.2~0.4%である2)。
□赤痢アメーバ症の病態は,感染が腸管に限定する大腸炎(アメーバ赤痢を含む),アメーバ性肉芽腫(ameboma)などの腸管アメーバ症と,血行性転移,特に直接浸潤による肝・肺・脳膿瘍や皮下潰瘍,直腸腟瘻,心外膜炎などの腸管外アメーバ症に分類される3)。
□赤痢アメーバは,その生活環において2分裂によって増殖する栄養型と環境耐性の嚢子(シスト)の形態をとる。ヒトへの感染は,糞便中に排出される嚢子の経口摂取によって起こる。このような糞口感染の経路としては,水系・食品媒介感染4),性行為感染を含む接触感染が知られ,コマーシャルセックスワーカー5),男性同性愛者6)での蔓延のほか,養護施設7)などでの集団発生が報告されてきた。
□赤痢アメーバ症の約90%は無症候性(無症候性シストキャリア)だが,その内10%程度が1年以内に発症する。
□臨床で遭遇する赤痢アメーバ症の大部分は,大腸炎と肝膿瘍である。
□アメーバ性大腸炎は,数週間にわたる下痢と腹痛のゆっくりとした増強により発症し,しばしば体重減少が伴う。本症における下痢では,イチゴゼリー状の粘血便,しぶり腹が特徴的だが,発熱は約3分の1の症例にとどまり,全身状態は比較的良好である。肉眼的血便が認められない場合も便潜血反応は大部分で陽性となる。
□アメーバ性肝膿瘍は,成人男性に多く,盗汗,発熱を伴う上腹部痛として発症する。他覚所見としては,右季肋部の圧痛,肝腫大が特徴的であり,時に,咳嗽,肺音異常,黄疸を認める。
□HIV/AIDSなどの宿主免疫不全と赤痢アメーバ症における発症・重症化との関係はいまだ解明されていない。しかし,HIVと赤痢アメーバ症は,男性同性愛者,コマーシャルセックスワーカーにおいてともに高い感染率を認めるため,感染リスク共有の観点から要注意である9)。
□アメーバ性大腸炎の鑑別疾患としては,急性発症で発熱を伴う細菌性下痢症,潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患,また大腸癌・結核(慢性感染でみられるアメーバ性肉芽腫に似る)が挙げられる。
□アメーバ性大腸炎の診断には,糞便検査による栄養型・嚢子の形態的検出が用いられる(図a)。栄養型の赤血球貪食像によって赤痢アメーバ症を確定診断できる(図c)。便検査では,1回のみのサンプリングでは1/3以下の検出率にとどまるため,繰り返しの検査が望ましい。
□栄養型の赤血球貪食像は赤痢アメーバ症の診断基準のひとつである。
□赤痢アメーバには,形態的に鑑別不能な病原性のE. histolyticaと非病原性のE. disparが含まれていることが明らかとなったため,顕微鏡による検出では,"E. histolytica/E. dispar"が同定名として使用される1)。両者の鑑別には,キットによる便中特異抗原検出(診断薬としては国内未承認)やPCR法などが必須である。
□大腸内視鏡所見では,中央部にアフタ様~深堀れ潰瘍を伴うタコいぼ状の多発隆起と,潰瘍間の正常粘膜を認める。潰瘍底には白苔がみられ,生検ではこの部分に炎症細胞を伴う栄養型の浸潤像を認める(図c)。
□アメーバ性肝膿瘍の生化学所見として白血球増多,CRP上昇,胆道系酵素(特にALP)上昇がみられるが,肝機能異常は限定的である。
□アメーバ性肝膿瘍は,主に単発で右葉にみられ,膿瘍穿刺液はレンガ色(アンチョビペースト状の赤褐色)を呈する。画像所見としては,肝臓における境界明瞭な占拠性病変が特徴的である(図b上)。
□生検では,壊死層外縁部の正常組織に栄養型の浸潤像が検出されうる。一方,膿瘍では嚢子が形成されないため,膿汁に栄養型を形態的に検出するが,検出感度は限定的である。
□アメーバ性肝膿瘍の原発巣は腸アメーバ症と考えられているが,顕微鏡による糞便検査では約半数の症例で腸管症状の合併をみない。
□一部の専門研究機関で実施されているPCRでは,上記のような形態的に検出困難な膿汁,糞便検体からも高感度に赤痢アメーバを同定・検出可能である。
□抗赤痢アメーバ抗体価は,ペア血清で上昇を認めれば診断的価値があるが,腸アメーバ症,腸管外アメーバ症ともに陽転は70~80%にとどまり,抗体価の上昇がなくとも赤痢アメーバ症感染を否定できない8)。
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